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Commentary

春節の帰省ラッシュ「春運」で起こる争奪戦
「00后」のネットスラングで知る現代中国④

張志和
東京大学大学院博士課程
連載
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「春運」は、中国の交通・通信をはじめとするインフラ網に対し、いわば究極の負荷を突き付ける存在であると言える。写真は春節に伴う大型連休中に大勢の乗客で混み合う、黒竜江省ハルビン市の高速鉄道の駅。2026年2月20日(共同通信社)
「春運」は、中国の交通・通信をはじめとするインフラ網に対し、いわば究極の負荷を突き付ける存在であると言える。写真は春節に伴う大型連休中に大勢の乗客で混み合う、黒竜江省ハルビン市の高速鉄道の駅。2026年2月20日(共同通信社)

春節は中国の農暦における新年(旧正月に相当)であり、中国人にとって比類なき祝日および連休期間である。2026年を例に取れば、年間の法定祝日は計33日であるが、そのうち春節は9日間で年間祝日の3割近くを占める。これは国慶節(建国記念日)のゴールデンウィークよりもさらに2日長い日数である。

また、他の祝日と異なり、春節に故郷へ帰り家族とともに新年を迎えることは、ほとんどすべての中国人の精神に刻み込まれた伝統的習俗であると言える。中国政府の統計によれば、直近の午年(うまどし、2026年)春節休暇期間中、全国の地域間移動者数は延べ人数で28億人を超え、過去最高を記録した[1]。これは、春節が現代の中国人の心中においてなお揺るぎない重みを占めていることを示す。

同時に、その背後には、より一層多様な社会的・経済的現象が内在している。本稿は春節休暇に焦点を当て、インターネット上で広く議論されている「春運」(春節に伴う帰省ラッシュ)の様々な話題を手がかりとして、この伝統的祝祭がいかなる新たな、時代性に富んだ興味深い側面を呈しているのかを考察するものである。

人類史上最大規模の周期的移動:「春運」

中国は960万平方キロメートルに及ぶ国土と、14億人に達する人口を擁する国である。その経済構造は長期にわたり地域間の発展不均衡という現実を抱え、とりわけ改革開放(ここでは1980年代)以降、多くの後発地域の労働人口が東部沿海地域へと出稼ぎに集中する傾向が顕著となった。往復の距離は極めて長く、航空網や高速鉄道網がまだ全国の大部分を覆っていなかった時代においては、西から東へ、北から南へと伸びる鉄道に揺られ、職場と故郷の間を2、3日かけて移動することも稀(まれ)ではなかった。都市生活のリズムの速さとストレスに押しつぶされそうになりながらも、帰るための経済的な余裕も乏しいため、故郷を離れた人々の多くは、年に一度の春節の長期休暇にのみ帰省することが一般的であった。

春運は「人類史上最大規模の周期的移動」とも称される。かつては、延べ数十億人に及ぶ短期間の全国的移動が、主としてバスや在来線によって担われていた。その過程では、複雑な人流に伴うスリ・窃盗の多発といった治安上の問題も頻出した。さらに特筆すべき事例として、2008年の春節期間に発生した「南方雪害」が挙げられる。この時期に大雪が直撃したため、道路や空港などの交通施設に大きな影響を与え、同時に電力網にも損害を及ぼして鉄道路線の遅延や運休を引き起こした。その結果、数百万人の旅客が滞留し、数千万人規模の人々が足止めされた。最も深刻な状況に陥った広州駅では、春節前に十万人以上が取り残された。この災害は、中国における電力システムの高度化を促す契機となったと同時に、高速鉄道建設の重要性をも示したと言えよう。同じく2008年には、中国本土において営業最高時速350キロメートルの高速鉄道が初めて開通し、その後、高速鉄道網は急速に拡張した。2026年までに中国の高速鉄道の営業距離は5万キロメートルを突破し、人口50万人以上の都市の97%をカバーするに至ったと公表されている。

このように、社会文化によって形成された独特の現象である春運は、中国の交通・通信をはじめとするインフラ網に対し、いわば究極の負荷を突き付ける存在であると言える。

「12306」で繰り広げられる「搶票」と「候補」

今、春運における交通手段を論じる際、インターネット上で最も熱い議論の的となるのが、「12306」でのいわゆる「搶票(チケット争奪戦)」である。「12306」とは「中国鉄路」(国営鉄道会社)のチケット販売の公式オンライン・プラットフォームのことであり、鉄道および高速鉄道のチケットは、窓口や販売機での販売を除き、このサイトを通じてのみ購入可能である[2]。なお、中国の鉄道では乗車券・特急券などが一体化しており、本稿ではこれらをまとめてチケットと呼ぶ。中国では空席がある場合には着席可能な「無座」(立ち席)もあるが、一般には全車指定席制を採用している。「無座」は最も安い座席指定チケットと同じ値段のため、普段は買う人もいないが、立ってでも高速鉄道に乗りたい春運の時期は事情が変わってくる。

12306の利用者は携帯電話番号でアカウント登録を行い、パスポートまたは身分証(中国人の出生時の戸籍登録の際に付与された、18桁のID番号などの個人情報を示すカード)と紐(ひも)付ける必要がある。従って、実名でのみチケットの購入が可能である。その代わり、鉄道のチケットも飛行機と同じくEチケットであり、紙の切符は必要とせず、改札機に身分証またはパスポートをかざすことで改札を通過できる。身分証カードで改札を通過する際には、身分証カードに入っている顔の画像とカメラで撮影された本人の顔との照合が自動的に行われるため、他人の身分証カードを借りて乗車することは不可能である。

ネットワークアカウントに身分証番号、電話番号を結び付け、さらに顔認証・指紋認証・掌紋認証・声紋認証などの生体情報を組み合わせた識別システムは、中国の主要なウェブサイトやアプリで広く導入されている。この巨大な認証体系の構築は、情報漏洩(ろうえい)の潜在的リスクがある一方で、現実には人々の生活と移動を著(いちじる)しく利便化してきたと言える。また、監督管理の強化と相まって、客観的には犯罪の抑制にも一定の効果を挙げている。加えて、全面禁煙と静音車両、乗り換え手続きの簡略化、通信回線の確保、座席QRコードでのサービス提供などの導入によって、中国における鉄道移動の利便性と快適性は、スピード以外でもかつてと比較して飛躍的に向上したと言えよう。

しかしながら、春運期間中は旅客流動量が急増し、平常時の列車本数では膨大な帰省需要を到底吸収しきれない。このため、12306は春節限定の多様な予防策を講じている。例えば、親元を離れて生活する学生や出稼ぎ労働者には、認証済みであれば春運期間のチケットを一般の発売開始より早く購入できる優遇措置が設けられている。また、同一乗客が行程の重複・矛盾するチケットを同時に購入したりキャンセル待ち登録したりできないよう制限を強化し、過度な買い占めを防止している。

キャンセル待ち(「候補」)とは、供給不足となった列車に対する補完的サービスである。乗車希望の列車の指定席が完売した場合、利用者はキャンセル待ち予約ができ、空席が生じた際には自動的に購入が成立する。さらに、キャンセル待ちの人数が一定規模に達し、車両一両分の需要に相当する場合には列車に増結が行われる。キャンセル待ちの人数がさらに多く、列車一便分に匹敵する場合には、臨時便が増発される。春運期間には深夜や未明に臨時列車が多数増発され、すでに引退した旧型車両が再投入されることもある。これらの旧型車両は運賃が極めて安く、例えば雲南省の昆明から上海への2200キロメートルを超える移動でも、日本円にしてわずか千円という列車がネットで話題となっている。

チケットを手に入れるための仁義なき戦い

それにもかかわらず、春運のチケット入手は依然として困難を極め、いくつかの笑うに笑えない現象を生んでいる。

第一は「買長乗短(長距離購入・短距離乗車、逆キセル)」である。運行効率の観点から、12306はまず全区間通しのチケットを優先的に販売し、その後、区間ごとの短距離券を段階的に放出する。この過程は数日に及ぶこともあり、もともと逼迫(ひっぱく)している春運の輸送力の下で、短距離券を求める利用者は帰省への切実さから、やむなく2倍、3倍の価格を支払ってでも全区間券を購入する場合がある。その結果、始発駅から満席であるはずにもかかわらず実際には始発駅では車内が閑散としていることがあり、数駅を経てようやく乗客が埋まっていくという現象が生じる。ネット上では、余分な費用を負担した購入者の不満と、空席があるのに乗れないと訴える未購入者の不満とが交錯する。

第二は「買短乗長(短距離購入・長距離乗車、計画的乗り越し)」である。目的地までの直通券が入手できないため、まず購入可能な区間だけ確保し、乗車後に車内で乗り越し手続きを試みる行為である。しかし、特に最新鋭の「復興号」では、定員超過の場合発車できないというシステム上の制限がある。短区間券のみを持つ乗客が車内で一斉に延長を求め、結果として定員超過となり発車不能となる事例が多発し、その場合、乗務員により下車を命じられ、見知らぬ都市に取り残される者も少なくない。さらに、乗り越し希望者の殺到により、後続駅から正規のチケットを所持する旅客が乗車できない事態も起こり得る。

加えて、多くの路線は通常時には正規運賃よりも大幅な割引価格(時には2割、3割引き水準)で販売されるが、春運期間中は多くの場合に割引が適用されない。こうした種々の不満は、しばしばネットでは「12306」あるいは「鉄総」(中国鉄路集団の前身である中国鉄路総公司の略称)への罵詈(ばり)雑言となって爆発する。どうしてもチケットを確保できない者は、高額な航空券を購入するか、自家用車で移動するほかない。

中国公安部の2025年末時点の統計では、全国の自動車保有台数は4億6900万台、運転免許保有者は5億5900万人に達する。中国交通運輸部の統計によれば、春運の移動延べ人数の約8割は自家用車によるものである。春節期間中は中国全土の高速道路の料金が免除されることが、その大きな要因であろう。中国には総延長500万キロメートルを超える道路網と約19万キロメートルの高速道路が存在するとはいえ、わずか9日間に延べ20億人の車両移動が集中することは、まさに壮観であると同時にカオスでもある。各地の高速道路料金所では数時間に及ぶ渋滞が毎年頻発するため、9日間の休暇があっても、渋滞回避と長距離移動を考慮し、2、3日前に出発する者も少なくない。毎年この時期になると、高速道路上で渋滞の緩和を待ちながら球技やダンスに興じる人々の映像がネット上で話題となる。もちろん交通規則違反ではあるのだが、現地の交通警察も含め、もはや諦めの境地である。

そして最も緊迫する瞬間は、休暇最終日の大年初七(旧暦1月7日)の夜である。もし24時を過ぎてもなお高速料金所を通過できない場合、料金免除の期間が終了してしまい、わずか数秒の差でも、数百キロメートル、時に千キロメートルを超える区間の高額な料金を支払うことになりかねないのである。春節休暇が終わるその瞬間は、春運特有の切実な興奮と緊張が凝縮されている。

「有銭没銭、回家過年」(金があろうがなかろうが、家に帰って年越しだ)という言い回しは、1990年代から毎年の春節のトレンドになってきた。すなわち、豊かであるか否かを問わず、せめて春節くらいは帰省して家族そろって団欒(だんらん)したいという願望である。なぜ中国人はこれほど万難を排してまで春節に帰省したがるのか?その理由は、中国人が家族と故郷に抱える強い思いにある。異郷で働き、あるいは学ぶ青壮年層が年に一度帰郷し、残された「空巣老人(両親)」や「留守児童(子供)」と一家団欒で過ごす春節の時間と、春運が持つ巨大な意義は言うまでもない。春節と春運は、中国の複雑な社会経済的現実と伝統文化とを総合的に体現する存在であると言えよう。

[1] この数字は、春節休暇の9日間に、自家用車、鉄道、航空機などの輸送手段によって地域を超えて移動した延べ人数を指す。ある人が休暇中に北京から成都へ往復すれば延べ2人となる。また、「地域を超えた移動」とは省をまたいでの移動および省内での市をまたいでの移動を含む。例えば浙江省の杭州市から寧波市へ家族4人で自家用車を使って往復したら延べ8人の移動となる。但し、直轄市(北京、上海、天津、重慶)のなかでの移動は地域を超えた移動とはみなさない。なお、2026年の全春節期間(2月2日から3月13日までの40日間)の地域を超えた移動は延べ94億人であった。

[2] 携程(Ctrip)などの旅行サイトを通じてもチケットを購入することはできるが、これらの旅行サイトも「12306」に代理発注しており、最終的には「12306」から買っていることになる。

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