Commentary
著者に聞く⑮――海野典子さん
『イスラームが動かした中国史』(中央公論新社、2025年12月)
問5 本書は7世紀以降の1400年にわたる膨大な時空間を網羅しています。反面、この一冊だけで学びを終えるのももったいない気がします。日本語で読める平易な関連書にはどのようなものがありますか。
(海野)まず、北京出身の回族作家・張承志さんの著作をおすすめします。回族を中心とした中国ムスリム史の流れや、当事者の視点を知ることができます。中国ムスリム通史である『回教から見た中国』(中公新書、1993年)は、特に清代以降に西北地域で広まったスーフィー(神秘主義)教団の思想と活動、現代中国の民族・宗教問題についての記述が充実しています。張さんが信奉するジャフリーヤ教団の歴史と信仰に迫った『心霊史』の邦訳としては、『殉教の中国イスラム』(亜紀書房、1993年、梅村坦編訳)があります。
特定の時代・地域やテーマに関心を抱いた方には、2001年に発足した中国ムスリム研究会編『中国のムスリムを知るための60章』(明石書店、2012年)を手に取っていただきたいです。回族や新疆のテュルク系ムスリムを中心とした中国のムスリム諸集団の歴史・社会・文化・思想にまつわるさまざまなトピックが、わかりやすく解説されています。私は第45章「日本の回教工作」を担当しました。勉誠出版社の「アジア遊学」シリーズとして2010年に刊行された堀池信夫編『中国のイスラーム思想と文化』も、回族やウイグル族の専門家が幅広いトピックを平易な文章で説明した良書です。
これらはいずれも中国ムスリム研究の優れた入門書ではありますが、刊行年から時間が経(た)っています。最新の情報、特に新疆のテュルク系ムスリムの現状について知りたい方には、中国共産党による統治開始後の新疆社会の変容を丹念に描いた熊倉潤さんの『新疆ウイグル自治区』(中公新書、2022年)をおすすめします。拙著の第5章でも参照しましたし、中央ユーラシアに関する授業の教科書としても使わせていただいたことがあります。『新疆ウイグル自治区』は第2章以降の中華人民共和国期に関する記述が主題ではありますが、タリム盆地に人類が定住しはじめた古代から、当該地域がモグーリスターンや東トルキスタンと呼ばれた時代を経て、中国共産党による新疆の「和平解放」にいたるまでの経緯をコンパクトにまとめた第1章も有用です。