Commentary
著者に聞く⑮――海野典子さん
『イスラームが動かした中国史』(中央公論新社、2025年12月)
問3 歴代政権の民族・宗教政策との関係の中で、中国ムスリムの多様さ、複雑さも生まれてきた面があるのですね。興味深いのは、回族をはじめ共産党員として党の内部で活躍する人びとも多い点です。彼(女)らの中では、信仰と政策(党の規律)との関係はどのように理解され、どのように折り合っているのでしょうか。
(海野)私がこれまでに出会った回族やウイグル族の人びとの中には、「立身出世のため」、あるいは「反政府的だという批判を防ぎ、社会的立場を守るため」に入党したと語る人が少なからずいます。共産主義が掲げる無神論の規律と、生活の隅々にまで根ざしたイスラームの規範。この二つの論理に対し、特に回族がどのように折り合いをつけているのかは、主に二つの戦略から理解することができます。
第一に、信仰を「民族の伝統習慣」へと読み替える戦略です。党の規律上、党員は無神論者である必要がありますが、ムスリムにとってイスラームの規範は、冠婚葬祭や食習慣など日々の暮らしそのものです。そこで多くの回族党員は、自身の宗教的行為を信仰ではなく、「先祖代々の文化の継承」として再定義します。例えば、モスクへ足を運び、イスラームの祝祭に参加することを、宗教儀礼ではなく「民族の文化活動」と位置づけることで、党の規律との論理的な衝突を巧みに回避しているのです。党関係者もこうした回族党員の活動を黙認する傾向があります。
第二に、「愛国愛教」という論理の援用です。この言葉は、もともと1930年代に中東を訪れた回民の宗教指導者が、現地で流行していたアラビア語のナショナリズム言説を漢語に翻訳・紹介したものです。日中戦争期を経て定着したこのスローガンは、「国が安定してこそ信仰も守られる」というロジックのもと、国家への忠誠と宗教心を矛盾なく結節する役割を果たしてきました。近年の習近平政権下では、党への忠誠をさらに強調した「愛党愛教」「愛党愛国」という標語も広がりを見せています。
このように、回族たちは、国家の論理と信仰共同体の規範の境界に立ち、政治状況の変化に臨機応変に対処しながら、自らのあり方を絶えず模索し続けてきました。中には、「表向きは党員だが内心はムスリム」と割り切って二重生活を送る人もいれば、「党員であることは回族であることと矛盾しない」と独自の論理で心理的葛藤を解消しようとする人もいます。さらに、党員という立場を維持するために人目を避けてモスクへ献金を行い、定年退職後に本格的なモスク通いを始める人もいます。つまり、現役時は党員、引退後は信者というように、ライフステージに応じて自らの属性を切り替えているわけです。こうした「敬虔か非敬虔か」という二項対立に集約されない、柔軟かつ多層的なイスラームへの向き合い方は、宗教活動が制限される社会主義体制下ならではの生存戦略と言えるかもしれません。
しかし、近年の宗教政策の厳格化により、これまで「民族の伝統習慣」として許容されてきたグレーゾーンは、急速に失われつつあります。宗教弾圧が猛威を振るった文化大革命期には、多くのムスリムが信仰を秘匿(ひとく)、あるいは放棄せざるを得ませんでした。現在、回族やウイグル族の人びとの中には、あの凄惨(せいさん)な歴史が繰り返されるのではないかと強い不安を口にする人も少なくありません。