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Commentary

著者に聞く⑭――村田雄二郎さん
『現代中国という問い』(晃洋書房、2025年11月)

村田雄二郎
同志社大学グローバル・スタディーズ研究科教授
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日本列島の中国研究は若い世代の交流を助けたり、伴走したりする力、言い換えれば、人と人を分野横断的につなぐ力になればいい、と著者は語る。写真はタクシーの車窓から望む天安門。2025年10月26日。(共同通信社)
日本列島の中国研究は若い世代の交流を助けたり、伴走したりする力、言い換えれば、人と人を分野横断的につなぐ力になればいい、と著者は語る。写真はタクシーの車窓から望む天安門。2025年10月26日。(共同通信社)

中国学.comでは、現代中国および中国語圏の関連研究の中から、近年注目すべき著作を出版された著者にインタビューを行います。今回は中国現近代史・日中関係史の専門家で、『現代中国という問い』の著者である村田雄二郎さんにお話を伺いました。

問1 本書では、今日の中国政治を「伝統」「近代」「現代」の三層構造からなる複合体として認識することから始めています(はじめに)。この三つの時代ですが、今日の中国では、それぞれどのような意味を持つと認識されているのでしょうか。

(村田)近代史をやっていると三層構造で中国の変動を見るというのはごく当たり前で、特に目新しいことを言ったつもりはありません。学界では一種の共通認識だと思います。ただ、伝統という概念は近代と相関しており、近代の理解の仕方でかなり幅がありますので、本書では主に対外的な自己意識を軸に、日清戦争あたりを近代の転換点と設定し、明清時代──近世と言われる時代を伝統としました。もちろん、そうではない考え方もあるでしょうし、現代についても近代とより強く接続させて見る観点もあるでしょう。本書では1949年を近代と現代の分岐点とする通説にしたがっています。

大事なのはむしろ観察する側に歴史意識があるか否かで、生成変化するプロセスの中に「いま」があるという感覚をすり減らすことのないようにしたいという思いがありました。これは歴史研究に限らず、また中国研究に限らず、高度に情報化が進む現代世界で共通の課題に違いない。身体のないAI(人工知能)も歴史の意識や感覚が持てるのか、専門家に聞いてみたい気持ちがあります。その意味で、本書は書名(『現代中国という問い――辛亥革命から「中国の夢」まで』)にもあるとおり、必ずしも中国に関する何らかの情報や知識を伝えることを目指したものではありません。あえて言えば、現代中国を見る際の歴史意識、歴史感覚の持ちようを、三層構造の枠組みで整理しようとしたものです。

問2 「伝統」「近代」「現代」の代表的な権力者として、清朝の雍正帝、毛沢東(厳密には全ての時代にまたがりますが)、そして習近平が選ばれているように思います。毛沢東と習近平は納得の人選ですが、雍正帝を特に選んだ理由は何でしょうか。関連して、この三人に見られる共通点や相違点を伺えるでしょうか。

(村田)やはり宮崎市定氏の『雍正帝――中国の独裁君主』を愛読してきたということが大きいと思います。選択対象はその前の康煕帝でも、後の乾隆帝でも良かったのかもしれませんが、「華夷一家」を打ち出した『大義覚迷録』を作るなど、雍正帝のかなり個性的な面に興味を惹(ひ)かれてきました。これまでの清史研究の蓄積に鑑みると、軍機処(皇帝の最高諮問機関)の創設など、今日の政治状況に照らして、雍正帝をクロースアップすることは、それほど的外れではないだろうと考えています。

もちろん、明に遡(さかのぼ)れば朱元璋がいて、毛沢東を歴代皇帝と比較するなら、文革で失脚した呉晗(ごかん。『海瑞罷官』で知られるが『朱元璋伝』の著者でもある)のように、明太祖(朱元璋)は欠かせないでしょう。私が提示したのはあくまで一つの比較視座に過ぎません。習近平に関して、もし歴史上の人物になぞらえるなら、私は本人の主観にかかわらず、毛沢東ではなく袁世凱と比較したほうが面白いのではないかと考えています。これは比較研究というよりは、習近平の政治手法の理解が袁世凱への理解を深めるのではないかという意味で言っています。

問3 ここで袁世凱が出てきましたので、辛亥革命の質問に移ります。「伝統」(清朝)から「近代」(民国)への画期に辛亥革命があるわけですが、そこで何が争われたのかが重要であるように思います。清朝の性格を理解し、それを継承、あるいはそれとの決別を図る上で、どのような論点が生じたのでしょうか。

(村田)本書にも書きましたが、ここ40年ぐらい(改革開放後)の辛亥革命評価をめぐる大きな認識の変化があります。例えば、清朝の多民族国家的性格は1980年代以降強調されるようになりました。辛亥革命でできた「清室優待条件」を論じた第8章はその直接の影響下にあります。不思議なことに、私がやり始めた2011年頃──辛亥革命100週年のイベントが各地であった年です──は中国でもほとんど反響がなかったのですが、いまはむしろ清朝側(皇帝・皇室や遺臣・遺老)から見た辛亥革命や民国初期政治の研究が若手も含めて盛んになっています。それとともに清朝の内部にいた袁世凱のような軍人・政治家や予備立憲を内部で模索していた人士への関心も高まっています。「孫文正統」史観はいまやほぼ過去のものになったとの感を強くします。また、私も含めて日本では現代中国の民族問題から辛亥革命期の「中国」再編の問題群に接近する研究志向が特に強いのかもしれません。

要するに、「階級」から「民族」への視点移動ですね。ブルジョア革命説もめっきり聞かなくなりました。私は1980年代から「少数民族」問題には一貫して関心を持ってきました。とはいえ、階級問題が消滅したわけではなく、民族問題への関心から辛亥革命を見ることの長所と限界は自分なりに自覚しています。

問4 本書を通じて登場する、知識人・文学者たちの位置付けについても伺います。権力者の弾圧の対象でもある一方、康有為(第11章)のように既存の社会秩序の批判から論を起こしながら、より大がかりな「干渉」「専制」を必然にするユートピアを描く事例もあります。中国の政治文化では、権力者と知識人はどのような関係にあるのでしょうか。

(村田)康有為と毛沢東を重ねてみるのは、直接影響を受けたわけではありませんが、李沢厚『中国近代史論』(1979年)あたりが最初でしょう。毛の平均主義を大同思想とつなげて連想するのは、中国の学界では普通だと思います。

第3章でカフカを取り上げたのは、たんに作品が好きだということと、コロナ禍で国民に「自粛」を要請する権力とは何か、ということを考えさせられたことがあります。個人的には、公権力の「自粛」要請に反発を覚えたり、メディアに登場する公衆衛生の専門家の発言にかなり違和感を抱いたりしました。もちろん「自粛」を一元的に政治文化の問題に帰するつもりはなく、忖度(そんたく)だとか同調はどの社会にも起こり得ることですから、政治文化による国民の線引きには慎重でなければなりません。その意味で、毛沢東を論じた第10章はいまの自分ならこうは書かないだろうな、という気持ちでいます。ただ「思想改造」が洗脳とは違うことを論じた第4章は字数の制限があって十分に論理展開できているわけではありませんが、現代中国における権力者と知識人の関係を考える上では、決定的なポイントであると思います。

この部分を書く上では、ワン・ビン(王兵)の一連のフィルム(『鳳鳴』『無言歌』など)が一番のヒントになりました。いま唐突に思いつきましたが、ワン・ビンの映像には魯迅的な(もとをただせばヘーゲル的な)主人・奴隷関係のモチーフがそこかしこに揺曳(ようえい)しているのではないでしょうか。

問5 日本に関わる質問もいたします。本書では、日本人(岡倉天心)の中国論と、中国人の日本論(あるいは日本観)とが、朝鮮半島を含む東アジアの枠組みから論じられています。彼らの議論が互いに反響を呼ぶことはあったのでしょうか。あるいは、一方通行に終わってしまったのでしょうか。

(村田)朝鮮や韓国での評価は知りませんが、同時代においても、今日においても、一方通行で、交差するところはほとんどない(なかった)のではないでしょうか。

理由の一つには天心の立ち位置が英語圏にあったことが指摘できます。また本人もボストン美術館以降は中国への関心を相対的に薄めたということがあったのかな。そのあたりはよくわかりませんが、“Asia is one”に対する中国側の応答があったかと言うと、まったく思いつきません。そもそも天心を戦後的な意味で「日本人」と言っていいのかどうか・・・。近年の中国大陸でも、天心は変わらず膨張主義的アジア主義の始祖の一人と見られているようです。ただ、美術史の領域では別の評価軸もあろうかと思います。このあたりは、東洋美術史の誕生と変容という線で、天心以降の時代における東アジアの反目と連帯の像が浮かび上がると面白いと思います。

問6 最後に、この記事をご覧の方に、特にこれから中国近現代史を研究したいと考えている学生さん(大学生、大学院生)にメッセージをお願いします。

(村田)あえて言えば、「個」の信頼醸成ですかね。昨年11月の高市発言以降、ますます冷え込む日中関係について中国や日本の人と話したり、聞いたりする機会が多くありましたが、意見の一致点を見たのは、こういう時期だからこそ民間(在野)の個人の交流が必要だということでした。心配なのは、旅行者や留学生の減少、学術的な往来の停滞など、一番大事な人的交流がストップしかけていることです。

私は1980年代のいわゆる友好・蜜月期に育てられた人間です。ただ、それを特権視するつもりはありません。むしろ特殊で異常な時期だったとすら考えます。また、研究者が中国を訪問することの是非について色々な考え方があることは承知しています。それでも、若い世代の交流としては、STEM(科学、技術、工学、数学)など政治的干渉が及びづらい(はずの)幅広い分野を含めて、若い世代の交流が進むべきだと思います。日本列島の中国研究はそうした交流を助けたり、伴走したりする力、言い換えれば、人と人を分野横断的につなぐ力になればいい、まだその力はあるのではないかと信じたいところです。

『現代中国という問い』の表紙(晃洋書房HPより)

村田さん、ありがとうございました。この記事をご覧になって、伝統中国・近代中国・現代中国との関係に興味を持たれた方は、ぜひ『現代中国という問い』を手に取ってみてください。

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