Commentary
著者に聞く⑬――銀迪さん
『中国鉄鋼業』(文眞堂、2025年8月)
中国学.comでは、現代中国および中国語圏の関連研究の中から、近年注目すべき著作を出版された著者にインタビューを行います。今回は中国の鉄鋼産業の専門家で、『中国鉄鋼業――生産システム,企業,産業の三層構造と産業政策』の著者である銀迪さんにお話を伺いました。
問1 「本書は、21世紀以降の中国鉄鋼業における構造的変動を、「生産システム」「企業」「産業」という3つの次元から解明し、中国政府の産業政策がその過程で果たした役割を論じる」(本書帯より)とあります。様々な産業がある中で、鉄鋼業に興味を持たれたのはなぜでしょうか。
(銀)鉄鋼業に関心を持ったきっかけは、私が大学生だった頃に遡(さかのぼ)ります。ちょうどその時期、中国では鉄鋼の過剰生産能力が注目を集めていました。大学で聴講した講座の中で、中国の鉄鋼企業の利益率は日本の鉄鋼企業と比べて著しく低いという指摘があり、それが印象に残っていました。当初は、鉄鋼業を過剰生産能力問題の典型的な一例として捉えていたに過ぎませんでした。
しかし、日本に留学して研究を深めるうちに、鉄鋼業が単なる過剰生産能力の問題に留まらず、多層的な課題を内包していることに気づきました。鉄鋼業という一つの産業を通じて、現代中国経済を理解する上で重要な複数のテーマを考察できることが分かったのです。
まず、鉄鋼業は技術的に「規模の経済」が機能する産業として認識されています。また、エネルギーを大量に消費する産業でもあります。さらに、中国経済研究の視点から見ると、鉄鋼業は政府が国民経済への影響が大きいと位置づけている産業であり、国有経済による支配的地位の確立を目指してきた領域でもあります(中屋, 2022)。実際、国有企業が一貫して大きな比重を占めてきました。その一方で、民営鉄鋼メーカーも立地による原料コストの優位性を活用し、当初は旧式・小型設備で操業を開始したものの、2000年代初頭には大規模な設備投資を実施し、現代的な鉄鋼業へと脱皮する動きが見られました(川端, 2005)。現在では、民営鉄鋼メーカーが効率的な生産を実現し、中国の鉄鋼「超」大国化と輸出競争力の強化に大きく貢献しています(丸川, 2018; 丸川, 2025)。
こうした産業特性を持つ鉄鋼業を研究することで、①大企業と中小企業のそれぞれの競争優位性の検討、②近年注目される環境問題や気候変動への対応、③中国における産業政策の有効性、④国有企業改革の進展状況、⑤国有企業と民営企業の戦略的特徴の違いといった論点を、多角的に検討できることに魅力を感じました。
問2 続けて、「生産システム」「企業」「産業」という、3つの次元から構造的変動(あるいは特徴)を解明しようとされたのはなぜでしょうか。関連して、特に参照した先行研究や分析枠組みは何でしょうか。
(銀)本書は、実証分析の結果を理論的にまとめるために、渡邉編(2013)をたびたび参照しています。同書は機械的労働手段(個別の機械が独立して作動し、労働者が操作・制御する労働手段)を主に用いた加工組立産業を事例に、中国の産業発展における「旺盛な参入、分散した市場シェア、低い価格、垂直分裂志向」の特徴とその形成の原理を解明したものです。そのロジックは、プラットフォームの利用を通じて中核部品の調達や販売チャネルへのアクセスが可能になることで参入障壁が低下し、旺盛な参入と低価格がもたらされるというものです。これは中国の広大な国土における需要に応える適切な企業戦略であり、そこにはイノベーションの可能性も内包されていると同書は位置づけています。
一方、鉄鋼業は装置的労働手段(複数の機械・設備が体系的に結合され、連続的・自動的に生産が進行する労働手段)を主に用いたプロセス産業であり、中核部品や中核プロセスの特定が難しいという特徴があります。そのため、渡邉らが解明したロジックを直接に応用することができません。しかし、抽象的に考えれば、「旺盛な参入、分散した市場シェア」をもたらす企業行動は、市場参入の固定費用節約という動機による点では、加工組立産業と鉄鋼業で共通しています。このような共通性に基づいて理論を構築することで、本書は鉄鋼業のみならず、中国経済研究全体に対しても意義を持つものとなりました。
分析枠組み・分析方法の構築にあたっては、岡本(1984)を多く参照しています。私が岡本の提示した「生産システム」「企業」「産業」という3次元分析法を選択した理由は、この枠組みが技術や生産システムの特性から巨大企業による集中体制の形成メカニズムを解明できるものであり、実際にこの分析法を用いたことで、当初の認識とは全く異なる結論に到達したからです。
当初、私は日本の鉄鋼業のように、日本製鉄やJFEスチールといった巨大企業による寡占体制が効率的であり、中国の中小型鉄鋼メーカーが多数存在し、生産集中度が低い体制は非効率的で望ましくないと考えていました。そのため、中国も日本のように大型設備を普及させ、高級品生産比率を向上させ、大企業による集中体制へ早急に移行すべきだと思っていました。
しかし、岡本(1984)を学ぶ中で、この認識は根本から変わりました。日本の鉄鋼業の集中体制が効率的である理由は、「生産システム」「企業」「産業」という3つの次元から理解する必要があることを学びました。
具体的には、日本では「生産システム」の次元で大型生産システム(大型高炉-大型転炉-連続鋳造-ワイド・ホット・ストリップ・ミル)の技術的優位性が実現され、「企業」の次元でこれに立脚した巨大企業の優位性が確立し、「産業」の次元で企業間競争を通じて巨大企業が中小企業を排除・系列化していきました。つまり、巨大企業による寡占体制は、大型生産システムの技術的優位性に由来していたのです。
一方、この枠組みで中国の鉄鋼業を分析すると、日本とは異なる構造が見えてきました。「生産システム」の次元では、大型システムは一部に過ぎず、中小型システムが約半分の生産を担っていました。「企業」の次元では、巨大企業も中小型システムを併用していました。その結果、「産業」の次元では、一部製品領域でのみ巨大企業の寡占が形成され、その他の領域では分散構造が維持されたのです。
それでは、なぜ日本とは異なる構造になったのでしょうか。この問いに答えるため、私は岡本が論じた「生産構造と販売構造の整合性」という問題に着目しました。そして、中国の鉄鋼業の構造が異なるのは需要構造が異なるためではないかという仮説を立て、岡本の分析方法に独立した需要構造の分析を加えたのです。
需要構造の分析を追加した結果、中国では、大型生産システムの優位性を支える鋼材品種への需要は限られていたことが分かりました。巨大企業はこれらの分野において、大型生産システムの優位性を発揮し寡占を実現しましたが、それ以外では実現できませんでした。こうして、中国における中小型鉄鋼メーカーがたくさん存在することも、構造が集中的ではないことも、実は需要構造に対応した合理的なものだったことが分かりました。
これは私の当初の認識を完全に覆す発見でした。中国の分散構造は非効率的なのではなく、中国特有の需要構造に適応した効率的な構造だったのです。この結論に到達するためには、「生産システム」「企業」「産業」という3つの次元から体系的に分析し、さらに需要構造という要素を加える必要があったのです。
博士論文はこの研究の実証面の大部分を解決しましたが、理論面が弱いという課題が残りました。本として出版するにあたり、理論的整理に力を注ぎ、特にこの実証結果が中国経済研究にとってどのような意味を持つのかを明確にすることに努めました。具体的には、政府が産業集中化を推進する一方で、実際には集中構造が形成されないという主題を中心に据えました。また、博士論文が2015年までを扱っていたのに対し、本書では2016年に政府が最も厳格な過剰生産能力削減政策を実施した5年間の変化を追加し、この期間における国有企業と民営企業の競争関係についても論じることができました。
問3 出版される際にも研究の展開があったわけですね。それでは、執筆にあたって特に苦労したことは何でしょうか。また、それをどのように克服されたのでしょうか。
(銀)一つ目は、集めた実証材料をどのように理論的に整理するかという点でした。統計データなどの実証材料を収集しましたが、それらを単に記述するだけでなく、「生産システム」「企業」「産業」という3つの次元の分析枠組みの中で理論的な意味を見出すことに苦心しました。この困難については、先行研究を繰り返し読み直し、また指導教員との議論を通じて、分析の視座を高めていくことで克服しました。
2つ目は、日本語で執筆することの難しさです。中国語が母語である私にとって、学術的な日本語で正確かつ明瞭に論述することは大きな挑戦でした。正直に言えば、この点については完全には克服できたとは言えません。近年のAI技術の発展により、文章のチェックや表現の改善に生成AIを活用することで、執筆の質を向上させる努力を続けています。今後も、より良い日本語での学術表現を目指して精進していきたいと考えています。
なお、どの研究者も直面するデータや情報収集についても当然苦労はありました。ただし、中国鉄鋼業は比較的各種統計が整備されている業種であるため、多くの産業研究に取り組んでいる方々と比べれば、この面では恵まれていた方だと思います。
問4 本書は中国鉄鋼業の分散構造に対する、中国政府の産業集中化の推進を論じています(第6章)。21世紀以降における、政府の鉄鋼業産業政策の役割をどう評価されますか。
(銀)丸川が指摘しているように、21世紀以降の中国の鉄鋼産業政策は生産拡大を導くものではありませんでした。大手国有企業を支援してきましたが、宝鋼(現在の宝武集団)を除き、他の国有企業の実績は必ずしも満足のいくものではなかった一方、ほとんど支援対象にならなかった民営企業が逆に成長を遂げました(丸川, 2018; 丸川, 2025)。これは産業政策の意図しない結果として興味深い点です。
ただし、先進的な生産能力の形成においては一定の有効性を発揮したと思います。具体的には、最新鋭の設備や技術を備えた臨海製鉄所の建設促進です。政策支援のもと、2000年以降、中国では5つの臨海製鉄所が新設されました。それ以前、中国には厳密な意味での臨海製鉄所は存在していませんでした。ただし、これらがすべて国有企業によって運営されている点には留意が必要です。
今後は2つの点に注目したいと思います。一つは、産業政策が不合理な制限を撤廃するかどうかです。もう一つは、これらの臨海製鉄所の経営と生産のパフォーマンスです。高級鋼板の効率的な供給を実現できるのか、グリーンスチール(環境負荷の低い鉄鋼生産)という課題を担えるのか。これらは中国の鉄鋼産業政策の有効性を評価する上で重要な観察ポイントになると考えています。
問5 本書では直接の対象としているわけではありませんが、日本の鉄鋼業についてもしばしば言及されています。両国の鉄鋼業はどのような関係にあった(あるいは、ある)のでしょうか。競合する点と協力し合える点について、それぞれ教えていただけるでしょうか。
(銀)日中両国の鉄鋼業は、一世紀以上にわたる複雑な歴史的関係を持っており、大きく4つの時代に区分できます。第一に「半植民地の時代」(19世紀末から1945年)、第二に「隔絶の時代」(1945-1970年代初頭)、第三に「支援と投資が行われる時代」(1970年代-2000年代)、そして第四に「提携と競争が並存する複雑化の時代」(2010年以降)です。
第三の時代には、1972年の日中国交正常化後、日本が技術・資本提供者、中国が受け手という補完関係が成立していました。1978年には鄧小平副首相が新日本製鉄(当時)を訪れ、技術支援を要請した結果、上海宝山製鉄所の建設が実現しました。
現在はより複雑です。汎用(はんよう)品の大量生産分野では、中国企業が規模の経済を活かした低価格生産で世界市場シェアを拡大し、日本企業は価格競争で厳しい状況に直面しています。一方、高付加価値製品では日本が優位性を保っていますが、技術格差は縮小傾向にあります。
さらに重要なのは脱炭素化という共通の課題です。両国とも高炉一貫製鉄システムを基盤とし、大量のCO₂排出という課題を抱えています。脱炭素化への対応においては、両国の協力の可能性も期待されます。
問6 最後に、この記事をご覧の方に、特に21世紀以降の中国経済を研究したいと考えている学生さん(大学生、大学院生)にメッセージをお願いします。
(銀)21世紀の中国経済は、急速な変化と多様性に満ちた、非常に魅力的な研究領域です。これから中国経済を研究したいと考えている学生の皆さんに、私自身の経験から二つのことをお伝えしたいと思います。
一つは、先入観を疑う姿勢を持つことです。私自身、当初は「中国も日本のように大企業中心の集中構造になるべきだ」という先入観を持っていました。しかし、実証研究を進める中で、中国の分散構造には中国なりの合理性があることに気づきました。この発見は、先入観にとらわれず、常にそれが正しいかを問い直しながら、対象に即して考えることの重要性を教えてくれました。
もう一つは、自分の内なる興味を大切にすることです。他者の期待に応えるためではなく、自分が本当に知りたいことを追求しましょう。それが困難を乗り越える原動力になります。
中国経済研究の道は決して平坦ではありませんが、それだけに得られるものも大きいです。私自身もまだ学び続けている身ですが、皆さんとともに、それぞれが自分なりの問いを見つけ、充実した研究の旅を楽しんでいけたらと思います。
銀さん、ありがとうございました。この記事をご覧になって、中国の産業発展と産業政策に興味を持たれた方は、ぜひ『中国鉄鋼業』を手に取ってみてください。
参考文献
岡本博公(1984)『現代鉄鋼企業の類型分析』ミネルヴァ書房。
川端望(2005)『東アジア鉄鋼業の構造とダイナミズム』ミネルヴァ書房。
中屋信彦(2022)『中国国有企業の政治経済学:改革と持続』名古屋大学出版会。
丸川知雄(2018)「中国の鉄鋼超大国化と輸出競争力の源泉」末廣昭・田島俊雄・丸川知雄編『中国・新興国ネクサス:新たな世界経済循環』東京大学出版社,pp. 245-279。
丸川知雄(2025)『中国の産業政策―主導権獲得への摸索―』名古屋大学出版会。
渡邉真理子(編著)(2013)『中国の産業はどのように発展してきたか』勁草書房。
