Commentary
著者に聞く⑫――高暁彦さん
『毛沢東時代の統治と民兵』(名古屋大学出版会、2025年10月)
こうした問題意識から、私は、農民の抵抗が存在したにもかかわらず、集団化をはじめとする急進的な社会主義政策が比較的円滑に進行していたという事実に注目しました。この点を踏まえると、政権が政策の徹底的な遂行に当たり、何らかの形で強制力を効率的に運用していたのではないか、という考えに至りました。この仮説を証明するために、本書では、檔案(とうあん)史料を用いて、政権が基層レベルにおいて統治をいかに展開していたのかを具体的に分析しました。民衆が末端党員の働きかけにより、党の政治運動に参加したとされる「大衆動員」の状況は、実態として果たして存在していたのか、また、政権の宣伝や説得が十分に機能していなかった場合に、どのような統治手段が用いられていたのか、といった点を実証的に検討しました。
問3 先ほど檔案史料の話が出ましたが、研究では、具体的にどのような史料を利用したのでしょうか。史料の特徴と、その史料を選んだ理由について教えていただけますか。
(高)史料については、主として末端の県レベルの檔案館に所蔵されている史料を用いました。省レベルの檔案館の史料は、未公開のものが多いことに加え、公開されているものの中にも、政策現場の実態を十分に反映している史料が少ないためです。これに対して、県レベルの檔案館の史料は現場に近く、しかも、その中には上級機関に報告されなかった文書も含まれているため、より実態を反映していると考えられます。
とはいえ、県レベルの檔案の中にもさまざまな種類があり、そこから得られる民兵に関する情報の量や質には差があります。県の党委員会に所属する幹部たちは昇進のインセンティブ(動機づけ)を持ち、政治運動の主要な責任主体でもあるため、彼らが作成した文書には、政策現場の暴力案件を反映するものが一部含まれていますが、その数は多くありません。また、民兵の管理機構である人民武装部の史料からは、民兵の人員構成や管理の実態について情報を得ることができるものの、民兵による暴力行為など、人民武装部にとって不都合な情報については、記録が網羅的ではなかったのです。
民兵の活動実態を比較的よく読み取ることができたのは、規律検査部門(当時は監察部門)が作成した調査文書です。実は、毛沢東時代には、民衆の陳情を契機として、規律検査機構によって取り締まられた民兵関連の暴力案件が非常に多く存在しました。これらの案件の調査と処理に関する史料を手がかりにすることで、政策現場における民兵の活動実態を相当程度まで復元することが可能です。
加えて、新たな試みとして裁判文書も利用しました。裁判文書には、公安警察が刑事事件や「反革命事件」を捜査する過程で作成された大量の文書が含まれています。そこには、逮捕された民兵の供述や、その周囲にいた人々の証言が記録されています。これらの史料を総合的に検討することで、民兵の活動が社会の中でいかなる意味を持っていたのかを読み取ることができます。