Commentary
著者に聞く④――小栗宏太さん
『香港残響』(東京外国語大学出版会、2024年8月刊)

問6 率直に申し上げて、今後の香港は対中依存が進み、その独自性が薄れてしまうのではと考えてしまうのですが、それでも変わらない香港の魅力はどこにあるとお考えでしょうか。
(小栗)本書でも芸能界の中国大陸市場依存の事例などを取り上げていますが、香港の経済的な「対中依存」は、ここ数年に始まったことではなく、ずっと前から語られてきた問題です。その上で、香港の独自性や魅力とは何なのか、そしてどのようにすればそれを守ることができるのかを、私たち学者以上に現地の人々自身が考え、実践してきています。それはこれからも変わらないのではないかと思います。実際、政治情勢が大きく変わった2019年以降、香港のローカルな芸能シーンはすごく元気なんですよ。本書の第5章でも取り上げている通り音楽でも新世代のアーティストが多く出てきていますし、映画でもこれまでの興行収入記録を塗り替えるヒット作が次々出ています。

香港の芸能は今がいちばんおもしろい、とすら私は思っていて。これまではそれをどれだけ熱弁してもなかなか伝わらなかったんですが、ちょうど今『九龍城寨之圍城』(邦題:トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦)という香港映画が日本でも上映されて、これまでの香港好き、香港映画好きのコミュニティをこえて、大きな話題になっていますよね。私からすれば「ほら、やっぱりね!」って感じです(笑)。こういう日本でも話題になる映画が出てくるってことは、やっぱり香港ならではの魅力があるからじゃないんですかね。
問7 本書刊行後に取り組んでいるプロジェクトやテーマなどがあれば、教えていただけますか?
(小栗)近頃の香港をめぐっては、「政治」ばかり語られて「文化」があまり語られていないという意識が本書の執筆の動機の一つでもあるのですが、反対に香港の文化が今以上に注目されていた時代を振り返ってみたいと思って、ここのところ1980年代〜1990年代の雑誌記事を集めたり、当時を知る人に話を聞いたりしています。
あとは趣味の延長という感じなんですが、香港のヒップホップシーンについて調べ始めています。昨年『辺境のラッパーたち:立ち上がる「声の民族誌」』(島村一平編、青土社、2024年)という本が出て、中国大陸を含む世界各地のヒップホップをその地域の専門家が論じているんですが、それに刺激を受けて「香港のラッパーだってかっこいいぞ!」と伝えたいと思いまして…。論文にまとめたりするあてはまだないんですが、ひたすら聴きまくっています。
おすすめを聞かれるとありすぎて迷いますが、いちばんおもしろいと思うラッパーはNovel Fergusですね。香港の昔のホラー映画のイメージを取り入れたりしながら、個性あふれるアーティスティックな楽曲〔編集部:Official Music Videoはこちら〕を作っているので、いわゆる王道のヒップホップが苦手な人にもおすすめしたいです。あと最近いちばん聴いているのはYODAというラッパーの『大廈』という曲〔編集部:Official Music Videoはこちら〕です。ストリングス(弓で引く弦楽器)を効果的に用いたドラマチックなトラックにのせて、どことなく社会風刺も感じられる歌詞がラップされていくんですが、とにかく曲としてかっこいいのでぜひ聴いてほしいですね。今年の初めに出たばかりですが、早くも個人的な2025年No.1楽曲候補です。