トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

著者に聞く④――小栗宏太さん
『香港残響』(東京外国語大学出版会、2024年8月刊)

小栗宏太
文化人類学者
連載
印刷する
狭い価値観にとらわれずに、幅広い事象から香港なり何なり自分の研究対象を見ていってほしい、と著者は力強く語る。写真は嘉頓山から見下ろす香港の街並み。2025年3月6日著者撮影。
狭い価値観にとらわれずに、幅広い事象から香港なり何なり自分の研究対象を見ていってほしい、と著者は力強く語る。写真は嘉頓山から見下ろす香港の街並み。2025年3月6日著者撮影。

全体に本書では、私自身が何らかの理論や概念を選択して香港の事象に適用するのではなく、香港の人々自身が用いている理論や概念を記述しよう、と試みています。その着想のきっかけになったのが、フランスの人類学者であるラトゥールが書いた『社会的なものを組み直す』という本です(ブリュノ・ラトゥール『社会的なものを組み直す:アクターネットワーク理論入門』、伊藤嘉高訳、法政大学出版会、2019年)。この本はいわゆる「アクター=ネットワーク理論」の入門書として書かれたもので、その内容は多岐にわたるのですが、私が特に影響を受けたのは、観察者や研究者だけが「概念」や「理論」を用いる特権を持つわけではないと指摘している箇所です。彼は「アクター」(ラトゥール独自の概念ですが、ここではほぼ当事者のことだと考えていいかと思います)自身も、自分自身の置かれた状況について語る「メタ言語」ないし「形而上学」を持っている、と指摘しています。つまり学者が分析する前に、当事者自身も分析を行っているということです。

外部からの基準を用いる前にアクター(の分析)を追いかけるべきだ、とラトゥールは語っています。これは、そもそも香港の人々が語る「あるある」を理解したいと思っていた私の関心にも合致しました。本書では、特定の事象に対して私自身が分析を行うこと以上に、香港内において発表された研究や評論などを通じて、まずそれが香港においてどのように語られているかを整理することに力点を置いています。

問5 都市の文化を扱った現代香港研究は数多くありますが、郊外(ニュータウン)を取り上げた第3章や、香港式ミルクティーを扱った第4章は新しい切り口だと感じました。今のお話を伺っても、何気ない日常への着目は、小栗さんのもう一つのバックグラウンドである文化人類学との関連を連想させますね。

(小栗)そうですね。テーマ選びの点でも、私自身が語りたいものを選ぶというよりは、香港の人々自身が語りたがっていそうなものを選ぶ、という視点を貫いたつもりです。なので結果として、これまでの切り口とは異なるテーマになったのかなと思います。おっしゃる通り、文化人類学の影響もあります。先ほど言及したラトゥールの「アクターを追え」という原則も、元来は文化人類学が重視してきた「現地人の視点」(native’s point of view)の体得という原則を徹底したものだと思います。

写真5 沙田ニュータウンの夜景。何気ない郊外の景色だが、そこに暮らす人にとってはかけがえのない思い出の一部だ。2025年3月5日撮影。
写真5 沙田ニュータウンの夜景。何気ない郊外の景色だが、そこに暮らす人にとってはかけがえのない思い出の一部だ。2025年3月5日撮影。

文化人類学のパイオニアの一人であるマリノフスキも「民族誌的調査をする人は、平凡で、単純で、日常的なものと、奇妙で普通ではないものとのあいだに差別をもうけず、対象としての部族文化のあらゆる面に見られる現象を真剣に、冷静な態度で、そのすべてにわたって研究する必要がある」(ブロニスラウ・マリノフスキ『西太平洋の遠洋航海者:メラネシアのニュー・ギニア諸島における、住民たちの事業と冒険の報告』増田義郎訳、講談社学術文庫、2010年、45頁)と語っていますが、私も一見平凡に見える何気ない日常を真剣に見つめながら、研究をしてきたつもりです。

(編集部:質問の関連記事「著者・小栗宏太さんが語る「香港残響 危機の時代のポピュラー文化」」もご参照ください)

1 2 3 4 5

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.