Commentary
著者に聞く③――片山ゆきさん
『十四億人の安寧――デジタル国家中国の社会保障戦略』(慶應義塾大学出版会、2024年9月刊)

問3 副題の「デジタル国家」には、日本に暮らす私たちにとっては便利さと不安が交錯するイメージがあります。テクノロジーを活用した社会保障制度の整備は、中国の一般の人々に肯定的に受け入れられているのでしょうか。
(片山)中国で社会保障、特に医療保障分野においてデジタル化が急速に浸透したのは新型コロナウイルス禍が広がった2020年あたりからです。コロナの蔓延(まんえん)でオンライン診療や健康に関するサービスが無料で提供され、多くの人が活用したことから一気に普及した背景があります。政府もオンライン診療を前倒しで保険適用とするなど速やかな対応がとられました。こういった背景から、テクノロジーを活用した社会保障制度の整備は、どちらかと言えば肯定的に受け入れられていると思われます。ただし、急速にデジタル化が進んだため、高齢者のデジタル・デバイド(情報格差)の問題が引き起こされたのも事実です。このような状況に対処するために、現在では「人」を介したサポートも併せて重視されています。
問4 特に参考にした先行研究や研究方法は何でしょうか。
(片山)中国出身で、現在日本で教鞭(きょうべん)をとられている李蓮花先生の研究に大きな影響を受けました。中国を含む東アジアの社会保障制度をエスピン・アンデルセンの福祉レジーム論においてどのように分類するのかは長年議論がされています。これに対して、李蓮花先生は既存の福祉国家論と東アジアの社会保障制度の現実の間に大きなギャップがあるとし、さらに、福祉国家を国家、市場、家族などに基づいて分類した福祉レジーム論で東アジアを位置づけようとした場合でも、混乱が生じている点を指摘しています。また、社会保障制度を支える民間保険会社など企業(民)からの分析は、ある意味で顧みられてこなかった「死角地帯」とし、この視点が本書の重要な基礎となっています。研究・分析については、現在進行形で動く民間市場のリスク保障商品を対象とし、消費者という「民」の視点を反映する上でもアンケート調査を中心とした分析となりました。
問5 分析手法について、多様な統計データに加え、アンケートを行った章もあります。これらのデータを扱う上で、注意すべき点は何でしょうか。
(片山)アンケートはITプラットフォーマーがオンライン上で提供した医療保障スキームについて、中国国内で実施しました。調査の主な内容は、この医療保障スキームが中国において急速に普及した理由、加入者の特性、加入理由、加入効果、社会保険や民間保険への影響です。注意を払った点としては、調査結果の偏りを可能な限り小さくすることです。調査対象者の性別、年代、地域の割付は中国の国勢調査に基づいて調整し、可能な限り多くの回答(有効回答件数1400)を確保することに努めました。また、中国国内の実査では調査タイトルによる回答への影響を回避するため、生活調査の一環として実施しました。なお、アンケートは当初、2020年2月に予定をしていたのですが、新型コロナの拡大により、実査が半年ほど延期となりました。よって、再開する際は感染状況が落ち着き、アンケート調査結果への影響がある程度小さくなった時期に実施するなどの配慮も必要でした。