トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

著者に聞く②――周俊さん
『中国共産党の神経系』(名古屋大学出版会、2024年6月刊)

周俊
神戸大学大学院国際文化学研究科講師
連載
印刷する
本書は中国共産党の情報システムを「神経系」と表現し、様々な公刊・未公刊の文書資料と斬新な研究方法により、その全貌を歴史的に明らかにすることを試みた。写真は香港中文大学に所蔵されている『内部参考』。(2023年8月24日、周俊氏撮影)。
本書は中国共産党の情報システムを「神経系」と表現し、様々な公刊・未公刊の文書資料と斬新な研究方法により、その全貌を歴史的に明らかにすることを試みた。写真は香港中文大学に所蔵されている『内部参考』。(2023年8月24日、周俊氏撮影)。

中国学.comでは、現代中国の研究者の中から、近年注目すべき著作を出版された著者にインタビューを行います。今回は中国共産党史の専門家で、『中国共産党の神経系』の著者である周俊さんにお話を伺いました。

問1 そもそもなぜ中国共産党の情報システムに興味を持たれたのでしょうか。また本書の主な課題を教えてください。

(周)中国共産党の情報システムに興味を持ったきっかけは、中国の様々な檔案館(公文書館)や図書館での資料調査です。私は2014年から2017年にかけて中国大陸を渡り歩き、可能な限りの方法で秘密主義の壁を乗り越えて、様々な史料館で共産党の内部文書を自らのメモ帳に書き写す修行を行いました。

当初関心を持っていたのは、毛沢東時代において共産党が地方主義反対の名目で在地の政治エリートを対象に行った粛清の問題でした。しかし、各種の党内文書の原物に触れる中で、新たな疑問が湧き上がってきたので、様々なリスクがあるのを承知の上で発想の大胆な切り替えを決断しました。例えば、こうした膨大な文書は同時代の毛沢東らに読まれていたのか。だとすれば、それはどのような方法で伝達され、またどのように読まれていたのか。そもそも、あの広大な中国で、北京の中南海に居を構えた共産党の指導者たちは国家の動静をどのように把握していたのか。周囲はみな恐れをなして都合の悪い真実を伝えず、独裁者は周囲のヨイショする声に踊らされる「裸の王様」になるという童話が共産党政権のもとでも再演されたのか。これらの疑問はまさに本書の原点となりました。要約すると、共産党による情報の収集、管理、伝達、利用を1つのシステムとして見なし、制度的要因・人的要因・思想的要因に着目しながらその全貌を歴史的に明らかにすることが本書の主な課題です。

問2 執筆に当たって、特に苦労したことは何でしょうか。また、それをどのように克服されたのでしょうか。

(周)共産党は、情報の取り扱いに細かく神経を使う秘密主義の政党ですから、研究上の資料収集は難題であり、また政治的に不測の事態を招きかねないという心理的重圧もあります。これに関連して本書の第1章は、情報統制の大前提となる秘密保持制度の問題を分析しました。冷戦の中でアメリカや(台湾に移った)中国国民党は様々な手段を講じたものの、共産党の内部文書を入手することは極めて困難でした。にもかかわらず、共産党は異様なまでの恐怖感に基づき、過剰な防諜(ぼうちょう)体制を維持していました。しかし、曖昧かつ広範な国家機密の定義が逆に原因となって数多くの党内文書がゴミとして捨てられたり、あるいは古紙として売り出されたりする予期せぬ事態が生じました。

その後、中国の改革開放の実施や冷戦の終結によって、人的交流が活発に行われるようになったため、学者たちが情報統制の隙間から流出した資料にアクセスする余地も出てきました。本書で『内部参考』(香港中文大学所蔵)、『中共重要歴史文献資料彙編』(米UCLA所蔵)、および中国の古書市場で流出された資料を利用できたことには、このような背景があります。

資料収集には地道な努力やフットワークの軽さが必要ですが、どんな資料がどこで見つかりそうなのかを反射的に感知する嗅覚はもっと大事です。嗅覚のトレーニングは、資料の来歴、利害関係および保存管理の仕組みを吟味すること、いわば史料批判から始まります(編集部:周俊さんの資料収集の成果は『中国現代史資料目録集:毛沢東時代の内部雑誌』でも、オープンアクセスで閲覧可能です)。

問3 『中国共産党の神経系』という非常に目を引くタイトルです。この着想はどこから得られたのでしょうか。

(周)学術書といってもやはりタイトルは最も重要な要素です。本書は、アメリカの政治学者カール・W・ドイッチュの影響を受け、中国共産党の情報システムにも応用できると考え、擬人化して「神経系」という表現を用いました。1963年に出版され、政治体系における情報の重要性を理論的に論じたドイッチュの古典的名著ですが、原著ではタイトルに「政府の神経」(The Nerves of Government)という表現を使っています(日本語訳のタイトルは『サイバネティクスの政治理論』)。中国でこの本はまだ翻訳されていないですが、早稲田大学の唐亮先生が1980年代にそれを紹介する中国語の論文を発表したことがあります。修士課程の頃、唐先生の授業を履修しましたので、先生の研究成果をいろいろ調べていく中でこの書評論文とドイッチュの本を読みました。当時「政府の神経」というタイトルが妙に印象に残りました。

その後、様々な資料を読んでいるうちに、共産党自身は組織内の意思疎通を図るための情報伝達業務を「組織の血管」と称していたことがわかりました。そこで、ドイッチュの本についての記憶が蘇り、情報の伝達と処理を行う動物の器官として考えるなら、血管よりも神経系のほうが適切だと判断し、今のタイトルにしました。ちなみに、改革開放初期の中国においてドイッチュの本の根幹をなすサイバネティックス理論や、クロード・シャノンの情報理論は人気が高く、1980年に北京大学法学部の三年生だった李克強前首相もこれらの理論を援用し、「法治と社会システム、情報及び制御」(法治機器与社会的系統、信息及控制)という論文を書いたことがあります。中国の首相が学生の頃に政治と情報との関係性を真剣に考えていたことが興味深いです。

問4 関連して、特に参考にした先行研究や研究方法は何でしょうか。

(周)世界から見てもこのテーマの体系的かつ実証的な研究は稀少ですので、特に参考にした先行研究はありません。マーティン・K・ディミトロフの『独裁と情報』(Dictatorship and Information)は素晴らしい本で問題意識も本書と重なっていますが、この本が2023年に出版された際には本書の原稿はすでに出来上がっていました。幸いにも、比較政治のアプローチをとっているディミトロフの著作と歴史学のアプローチをとっている本書の構成は大きく異なっています。例えば、ディミトロフの著作は中国、ソ連、ブルガリアなど社会主義国の情報システムの比較分析を行っており、また秘密警察の分析にも注力しているのに対して、中国の問題に焦点を絞る本書は、中国共産党の情報システムの由来、歴史的展開および運用実態を徹底的に調べました。また、秘密保持制度、秘密通信網、党指導者らの地方視察による情報収集、政策決定における情報の利用などの問題について本書はそれぞれ1章として詳細に論じましたが、ディミトロフの著作はまったく触れていません。

研究の着想や方法については、京都大学の石川禎浩先生、慶應義塾大学の高橋伸夫先生、華東師範大学の楊奎松先生から影響を大きく受けています。伝統的な歴史学において権力と富は主な研究対象とされており、ここ数十年、社会史や心性史、記憶史が人気になりつつありますが、空気よりも透明な情報はなかなか気づきにくいものですから、今まであまり研究対象にされませんでした。しかし、1949年以前の革命史の中で情報がどう流れていてそれが共産党の政治的営みにどのような影響を与えたかについて、中国共産党史研究の重鎮である御三方はいずれも論考を発表されたことがあります。諸々の事象がどのような情報環境の中で発生したかという繊細な問題に気づかせてくれた点で大いに啓発を受けました。また、厚いイデオロギー的な修飾膜に覆われている共産党側の一次・二次資料の真意を汲み取るためには、眼光紙背(がんこうしはい)に徹す技法が不可欠ですが、これについて手本を見せてくれたのもこの3名の先生です。

もう一言付け加えると、最新の研究よりも、私は石川忠雄、衛藤瀋吉、竹内実など戦前生まれの学者が著した古典的な研究のほうが好きです。今日の視点から見て資料や実証の側面において問題があるものの、文章の切れ味はなおも健在であると思います。

問5 分析対象・手法について、『内部参考』のような閲覧が難しい資料を扱った章もあれば、地理情報システム(GIS)という斬新な手法を用いた章もあります。これらの多様なアプローチを採用した理由は何でしょうか。

(周)人民共和国成立前後、すなわち1940年代から60年代までを研究対象の時期とする本書は、中国共産党史ないし中国現代史、かつ中国政治史の領域に属する実証研究ですので、文献資料を徹底的に収集し読解することが基本的なやり方です。ただし、個別の事例から一挙に中国全体の事象を説明することを回避する必要もあるため、本書は可能な限り、断片的な歴史資料から有用な数値を取り出し、それをデータ化・可視化することにも努めました。

可視化の手法、すなわちGISのことですが、これまで主に地理学、建築学、環境科学などの分野で活用されてきました。歴史研究あるいは政治研究の分野においてはほとんど利用されていません。共産党の指導者らによる地方視察の足取りを地図上に可視化し、その空間的特徴を分析する本書第6章でGISの技術が大変役に立ちました。

1949年から55年にかけて行われた、中央指導者35名の視察先の空間的分布。GISの技術が活用されている。(周俊氏提供)
1949年から55年にかけて行われた、中央指導者35名の視察先の空間的分布。GISの技術が活用されている。(周俊氏提供)

私の知る限り、視察中、ある指導者はいつ、だれと、どのような環境でなにを話したかがわかる二次資料が数多く存在するものの、信憑(しんぴょう)性のある一次資料がほぼありません。政治史でよく使われている言説分析という手法に限界を感じたところ、指導者の空間的な移動情報が詳細に掲載された年譜(ねんぷ)資料はもしかして面白い素材になると考え始めました。ですが、具体的な方法がなかなか思いつきませんでした。GISという奇想天外な策を考案したきっかけは、たまたまある研究会に出席した際、東京大学の中村元哉先生がスピーチの中で「GISは空間情報を地図上に可視化することができる」と言うのをちらっと聞いたことです。「これだ!」と思うものが見つかった瞬間でした。研究というのは、ある意味で偶然の産物です。

問6 率直に申し上げて、中国共産党の意思決定はブラックボックスで、外部からは非常にわかりにくいと考えてしまうのですが、こういったイメージとは違う結論になったのでしょうか。

(周)過去でも現在でも、共産党の意思決定はブラックボックスです。ただし、毛沢東時代の話に限って言えば、各レベルの党内文書、指導者の講話集、関係者の日記、書簡、年譜、回想録など様々な資料をうまく突き合わせれば、意思決定の過程をある程度再現することが可能です。

最も難しい問題は、なぜを問うことです。例えば、本書で描いたように、早期の段階から現場の不都合な真実が複数の情報チャネルによって共産党の指導部に届けられていたにもかかわらず、またソ連において失敗した農業集団化が農業生産の大幅減産を招いたという情報も伝わっていたにもかかわらず、なぜ毛沢東らは依然として農業集団化を猛烈に推進し、数千万の餓死者を生み出した大躍進(1950年代末)への道を選んでしまったのか。不合理な意思決定が行われたのは、希望的観測を抱かせるような周囲のヨイショする声に、毛沢東らが踊らされたからではありません。むしろ、正確な情報がありながらも固定観念で情報を取捨選択し、主体的に不合理な意思決定を行ったからだと考えています。言ってみれば、「裸の王様」という論理など存在しなかったということです。

この自壊の病理を理解するには、やはり情報の取捨選択を規定する人間の世界観や認知バイアスを明らかにしなければならないと思います。言い換えれば、わかりにくい点は、意思決定の過程ではなく、意思決定をする人間の思想です。

問7 本書刊行後に取り組んでいるプロジェクトやテーマなどがあれば、教えていただけますか?

(周)ネタバレっぽいですが、私は情報史研究の3部作を計画しています。第1部は本書ですが、第2部は公共衛生とりわけ感染症の情報システムを取り扱う予定です。第3部のテーマは公開を控えさせていただきたいです。今は、科研費助成を受けて第2部のテーマに取り組んでいます。具体的には、朝鮮戦争における米軍の細菌戦を切り口に、現代中国の感染症に対する情報収集体制はいつ、なぜ、どのように構築されてきたかを明らかにする試みを行っています。毛沢東時代において、交通インフラさえ整備されていない農村地域を含む広大な中国の隅々までに、いかなる組織や人員がどのような知識や基準をもっていかにして感染症の発生情報を集めていたのか。不思議に思います。

問8 最後に、この記事をご覧の方に、特に中国に興味を持っている学生さん(大学生、大学院生)にメッセージをお願いします。

(周)中国共産党史、中国現代史は希望と絶望を織り交ぜた、心をえぐるような悲劇性を帯びたものです。歴史の壮絶な光景や人々の奮闘と苦難を追体験することは、歴史人物の思考を主体的に考え直すこと、いわば思考の再構築につながり、現代的な諸課題を多面的、多角的視点から理解する能力を涵養(かんよう)できるはずです。また、共産党は今なお秘密主義の体制をとっているため、また中国では歴史研究に対する厳しい締め付けが行われていることもあり、この研究領域にはたまらない魅力を持つ秘境がまだ少なからず存在しています。探究心や冒険心を持って継続的に努力すれば、様々な困難に遭遇し苦しみながらも独創的な研究ができる日はきっとやってくるはずです。若手は権威ある学者の学説を無批判に受け入れたり、目先の損得に囚(とら)われておとなしい、やりやすい研究テーマを選んだりする傾向があるかと思いますが、実際、一度研究の歯車を回転させると、方向転換は難しくなってしまいます。自分の本当の内なる声をよく聴き、一生続けても悔いはないと思う道を選びましょう。

『中国共産党の神経系』の表紙
『中国共産党の神経系』の表紙

(編集部の注)周俊さん、ありがとうございました。この記事をご覧になって、中国共産党の情報システムのありかたに興味を持たれた方は、ぜひ『中国共産党の神経系』を手に取ってみてください。

ご意見・ご感想・お問い合わせは
こちらまでお送りください

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.