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Commentary

著者に聞く②――周俊さん
『中国共産党の神経系』(名古屋大学出版会、2024年6月刊)

周俊
神戸大学大学院国際文化学研究科講師
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本書は中国共産党の情報システムを「神経系」と表現し、様々な公刊・未公刊の文書資料と斬新な研究方法により、その全貌を歴史的に明らかにすることを試みた。写真は香港中文大学に所蔵されている『内部参考』。(2023年8月24日、周俊氏撮影)。
本書は中国共産党の情報システムを「神経系」と表現し、様々な公刊・未公刊の文書資料と斬新な研究方法により、その全貌を歴史的に明らかにすることを試みた。写真は香港中文大学に所蔵されている『内部参考』。(2023年8月24日、周俊氏撮影)。

問6 率直に申し上げて、中国共産党の意思決定はブラックボックスで、外部からは非常にわかりにくいと考えてしまうのですが、こういったイメージとは違う結論になったのでしょうか。

(周)過去でも現在でも、共産党の意思決定はブラックボックスです。ただし、毛沢東時代の話に限って言えば、各レベルの党内文書、指導者の講話集、関係者の日記、書簡、年譜、回想録など様々な資料をうまく突き合わせれば、意思決定の過程をある程度再現することが可能です。

最も難しい問題は、なぜを問うことです。例えば、本書で描いたように、早期の段階から現場の不都合な真実が複数の情報チャネルによって共産党の指導部に届けられていたにもかかわらず、またソ連において失敗した農業集団化が農業生産の大幅減産を招いたという情報も伝わっていたにもかかわらず、なぜ毛沢東らは依然として農業集団化を猛烈に推進し、数千万の餓死者を生み出した大躍進(1950年代末)への道を選んでしまったのか。不合理な意思決定が行われたのは、希望的観測を抱かせるような周囲のヨイショする声に、毛沢東らが踊らされたからではありません。むしろ、正確な情報がありながらも固定観念で情報を取捨選択し、主体的に不合理な意思決定を行ったからだと考えています。言ってみれば、「裸の王様」という論理など存在しなかったということです。

この自壊の病理を理解するには、やはり情報の取捨選択を規定する人間の世界観や認知バイアスを明らかにしなければならないと思います。言い換えれば、わかりにくい点は、意思決定の過程ではなく、意思決定をする人間の思想です。

問7 本書刊行後に取り組んでいるプロジェクトやテーマなどがあれば、教えていただけますか?

(周)ネタバレっぽいですが、私は情報史研究の3部作を計画しています。第1部は本書ですが、第2部は公共衛生とりわけ感染症の情報システムを取り扱う予定です。第3部のテーマは公開を控えさせていただきたいです。今は、科研費助成を受けて第2部のテーマに取り組んでいます。具体的には、朝鮮戦争における米軍の細菌戦を切り口に、現代中国の感染症に対する情報収集体制はいつ、なぜ、どのように構築されてきたかを明らかにする試みを行っています。毛沢東時代において、交通インフラさえ整備されていない農村地域を含む広大な中国の隅々までに、いかなる組織や人員がどのような知識や基準をもっていかにして感染症の発生情報を集めていたのか。不思議に思います。

問8 最後に、この記事をご覧の方に、特に中国に興味を持っている学生さん(大学生、大学院生)にメッセージをお願いします。

(周)中国共産党史、中国現代史は希望と絶望を織り交ぜた、心をえぐるような悲劇性を帯びたものです。歴史の壮絶な光景や人々の奮闘と苦難を追体験することは、歴史人物の思考を主体的に考え直すこと、いわば思考の再構築につながり、現代的な諸課題を多面的、多角的視点から理解する能力を涵養(かんよう)できるはずです。また、共産党は今なお秘密主義の体制をとっているため、また中国では歴史研究に対する厳しい締め付けが行われていることもあり、この研究領域にはたまらない魅力を持つ秘境がまだ少なからず存在しています。探究心や冒険心を持って継続的に努力すれば、様々な困難に遭遇し苦しみながらも独創的な研究ができる日はきっとやってくるはずです。若手は権威ある学者の学説を無批判に受け入れたり、目先の損得に囚(とら)われておとなしい、やりやすい研究テーマを選んだりする傾向があるかと思いますが、実際、一度研究の歯車を回転させると、方向転換は難しくなってしまいます。自分の本当の内なる声をよく聴き、一生続けても悔いはないと思う道を選びましょう。

『中国共産党の神経系』の表紙
『中国共産党の神経系』の表紙

(編集部の注)周俊さん、ありがとうございました。この記事をご覧になって、中国共産党の情報システムのありかたに興味を持たれた方は、ぜひ『中国共産党の神経系』を手に取ってみてください。

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