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Commentary

著者に聞く②――周俊さん
『中国共産党の神経系』(名古屋大学出版会、2024年6月刊)

周俊
神戸大学大学院国際文化学研究科講師
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本書は中国共産党の情報システムを「神経系」と表現し、様々な公刊・未公刊の文書資料と斬新な研究方法により、その全貌を歴史的に明らかにすることを試みた。写真は香港中文大学に所蔵されている『内部参考』。(2023年8月24日、周俊氏撮影)。
本書は中国共産党の情報システムを「神経系」と表現し、様々な公刊・未公刊の文書資料と斬新な研究方法により、その全貌を歴史的に明らかにすることを試みた。写真は香港中文大学に所蔵されている『内部参考』。(2023年8月24日、周俊氏撮影)。

問3 『中国共産党の神経系』という非常に目を引くタイトルです。この着想はどこから得られたのでしょうか。

(周)学術書といってもやはりタイトルは最も重要な要素です。本書は、アメリカの政治学者カール・W・ドイッチュの影響を受け、中国共産党の情報システムにも応用できると考え、擬人化して「神経系」という表現を用いました。1963年に出版され、政治体系における情報の重要性を理論的に論じたドイッチュの古典的名著ですが、原著ではタイトルに「政府の神経」(The Nerves of Government)という表現を使っています(日本語訳のタイトルは『サイバネティクスの政治理論』)。中国でこの本はまだ翻訳されていないですが、早稲田大学の唐亮先生が1980年代にそれを紹介する中国語の論文を発表したことがあります。修士課程の頃、唐先生の授業を履修しましたので、先生の研究成果をいろいろ調べていく中でこの書評論文とドイッチュの本を読みました。当時「政府の神経」というタイトルが妙に印象に残りました。

その後、様々な資料を読んでいるうちに、共産党自身は組織内の意思疎通を図るための情報伝達業務を「組織の血管」と称していたことがわかりました。そこで、ドイッチュの本についての記憶が蘇り、情報の伝達と処理を行う動物の器官として考えるなら、血管よりも神経系のほうが適切だと判断し、今のタイトルにしました。ちなみに、改革開放初期の中国においてドイッチュの本の根幹をなすサイバネティックス理論や、クロード・シャノンの情報理論は人気が高く、1980年に北京大学法学部の三年生だった李克強前首相もこれらの理論を援用し、「法治と社会システム、情報及び制御」(法治機器与社会的系統、信息及控制)という論文を書いたことがあります。中国の首相が学生の頃に政治と情報との関係性を真剣に考えていたことが興味深いです。

問4 関連して、特に参考にした先行研究や研究方法は何でしょうか。

(周)世界から見てもこのテーマの体系的かつ実証的な研究は稀少ですので、特に参考にした先行研究はありません。マーティン・K・ディミトロフの『独裁と情報』(Dictatorship and Information)は素晴らしい本で問題意識も本書と重なっていますが、この本が2023年に出版された際には本書の原稿はすでに出来上がっていました。幸いにも、比較政治のアプローチをとっているディミトロフの著作と歴史学のアプローチをとっている本書の構成は大きく異なっています。例えば、ディミトロフの著作は中国、ソ連、ブルガリアなど社会主義国の情報システムの比較分析を行っており、また秘密警察の分析にも注力しているのに対して、中国の問題に焦点を絞る本書は、中国共産党の情報システムの由来、歴史的展開および運用実態を徹底的に調べました。また、秘密保持制度、秘密通信網、党指導者らの地方視察による情報収集、政策決定における情報の利用などの問題について本書はそれぞれ1章として詳細に論じましたが、ディミトロフの著作はまったく触れていません。

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