Commentary
著者に聞く①――工藤文さん
『中国の新聞管理制度』(勁草書房、2024年3月刊)
中国学.comでは、現代中国の研究者の中から、近年注目すべき著作を出版された著者にインタビューを行います。今回は中国のメディア研究の専門家で、『中国の新聞管理制度』の著者である工藤文さんにお話を伺いました。
問1 そもそもなぜ中国のメディアに興味を持たれたのでしょうか。また本書の主な課題を教えてください。
(工藤)中国のメディアに興味を持ったきっかけは、上海市にある復旦大学新聞学院への留学です。留学をした2005年当時は、「南方系」といわれる『南方週末』や『南方都市報』による調査報道といった、中国におけるジャーナリズムが注目された時期でした。多くの研究者が、このままメディアの商業化が進めば、メディアの自由化も進展するだろうと考えていました。しかし、あれだけ注目されたジャーナリズムは失速し、近年ではむしろ苦境に立たされています。メディアが商業性を強めているのに、メディアに対する厳しい統制が存在するという、アンビバレントな状況を経験したことが研究の出発点になっています。そこで本書では、政治や経済は変化し続けているのに、なぜ中国のメディアは自由化しないのか、そして、なぜ党の支配を支持し続けているのか、という課題を設定しました。
問2 執筆に当たって、特に苦労したことは何でしょうか。また、それをどのように克服されたのでしょうか。
(工藤)特に苦労したことは、メディアを上から抑えつけるだけではない、メディアを懐柔するような統制のメカニズムを明らかにすることです。改革開放以降、中国共産党と政府は新聞社に対する財政補助を打ち切ります。中国共産党は、財政補助という新聞を統制する手段を失いながらも、新聞社に対する手綱を持ち続けなければならないという、難しいかじ取りを迫られます。なぜなら、押さえつけるだけでは新聞は体制に反抗的になるためです。そこで、本書が着目したのは、主管・主辦単位(しゅかん・しゅべんたんい)制度です。この制度は先行研究では新聞を統制する制度として指摘されていましたが、本書では新聞を取り込むための制度としてとらえなおしました。党はこの制度に基づき実質的な所有者として新聞を抑圧し、同時に、2000年代以降に経営が衰退する新聞社の事業を支援することで新聞を取り込みます。このような制度を通じた抑圧と取り込みのメカニズムは他の権威主義体制にも見られ、中国も同様の特徴を持っているといえます。
問3 タイトルと副題だけを拝見すると、中国共産党には一貫したメディア政策があったように考えてしまうのですが、こういったイメージとは違う結論になったのでしょうか。
(工藤)現在の状況のみを見て中国のメディア政策を見ると、党には一貫したメディア政策があり、成功しているように見えます。しかし、本書では、実際には政策は時代ごとに揺れ動いており、あとづけで法規化されたことを明らかにしました。その典型的な例は、財政補助を打ち切られた新聞社が、民間資本と外資を引き込み自社の経営を維持しようとしたことです。これによって商業紙は莫大(ばくだい)な利益を生み出し、党機関紙に代わる存在となります。結局、党と政府は主管・主辦単位制度を法規化し、新聞の管理を引き締めることで新聞の逸脱に対応します。主管・主辦単位制度に対しては研究者や現場から、管理を行う主体と実際に新聞社の経営と運営を行う主体が異なり、責任を不明確にしてしまうといった批判があります。しかし、中国共産党はこの制度を通じて新聞に対する支配を強化してきたため、党は制度の抜本的な改革はできません。党もまた制度に縛られているといえます。
問4 序章の前に、「用語の説明」という項目があります。やはり中国のメディア管理には、日本人には理解しにくい面があるのでしょうか。
(工藤)日本人には理解しにくい面があると思います。よく誤解を招く表現は、中国と日本字で同じ漢字を共有していても、意味が異なる場合です。例えば、日本語では「新聞」はnewspaperですが、中国語ではnewsの意味になります。ちなみに中国語でnewspaperは「報紙」です。他に、メディアを管理する主体をとっても、国務院やその関連機関もありますが、中心には常に中国共産党がいます。日本人にとっては、なぜ政党の一つにすぎない中国共産党が定めた規定が政府の政策や法律に優先するのか、疑問に思うことでしょう。それこそが、中国の政治体制の特徴であり、中国のメディア管理を理解することにつながります。
問5 特に参考にした先行研究や研究方法は何でしょうか。
(工藤)中国出身でカナダの研究者である趙月枝(Zhao Yuezhi)の研究に大きく影響を受けました。趙月枝は、コミュニケーションの批判的政治経済学といわれる西欧の理論枠組みを中国のメディア研究に応用しました。趙が2000年に発表した論文が本書の基礎となっています。趙は、党・市場・メディアの関係を対抗的にとらえるのではなく協調的にとらえ、市場はジャーナリズムを阻害する要因の一つであると主張しました。本書も同様の視点に立っています。また、研究方法としては、量的テキスト分析や内容分析を行いました。量的テキスト分析は、大量のテキストデータに対して機械的に分析を行う手法です。具体的には、LSS(Latent Semantic Scaling、Watanabe 2021)という、人間の判断を分析に含むことのできる「半教師あり学習」の手法を用いました。内容分析は、上海図書館や復旦大学図書館などに赴いて記事を収集し、約2万件の記事に対して分析を行いました。
問6 分析対象に『新民晩報』『新京報』『南方都市報』を取り上げた理由は何でしょうか。実際に、この3紙にはどのような違いが見られたのでしょうか。
(工藤)中国の商業紙を代表する新聞としてこの3紙を取り上げました。商業紙は市場での利益を志向する新聞であり、人々にとって身近な情報源です。ただし、3紙は都市報と晩報(夕刊紙)という違いがあります。『新京報』『南方都市報』は都市報であり、新興ジャーナリズムの旗手とみなされた新聞です。両紙は2011年ごろに党の介入を受けます。しかし、『新京報』は主管・主辦単位(管理主体)の変更、『南方都市報』は人事介入でした。量的テキスト分析の結果、わずかな変化ですが、管理主体の変更は新聞の自己検閲を促し、人事介入は批判的な言論を縮小させることがわかりました。他方、『新民晩報』は晩報という一般庶民向けに夕方に発行される総合紙です。『新民晩報』は1946年に上海で創刊し現存する新聞であり、中国共産党と新聞の70年間にわたる関係を内容分析によって検証しました。『新民晩報』はスポーツや娯楽分野で独自の記事を用いるのに対して、政治ニュースでは一貫して国営通信社である新華社の記事を掲載し、党に対する批判を避け続けてきました。党に対する批判を避け続けてきたことは『新民晩報』のみならず、『新京報』『南方都市報』にも共通する特徴です。
問7 本書刊行後に取り組んでいるプロジェクトやテーマなどがあれば、教えていただけますか?
(工藤)本書の刊行後は、中国共産党の政治宣伝に関する実証的な研究を行っています。『人民日報』(中国共産党中央委員会の機関紙)の記事に加えて、同紙のソーシャル・メディアのアカウントに対する分析を行いました。この知見に基づき、量的テキスト分析と質的比較分析(Qualitative Comparative Analysis:QCA)を組み合わせる手法を用いて、中国共産党の政治宣伝戦略を明らかにする試みを行っています。これらの研究からは、中国共産党が多様な政治宣伝を駆使することで、人々から支持を得ようとしていることがわかります。強権的な権威主義国家の統治のメカニズムを明らかにするために、政治宣伝の研究の重要性がますます高まっています。
問8 最後に、この記事をご覧の方に、特に中国に興味を持っている学生さん(大学生、大学院生)にメッセージをお願いします。
(工藤)中国の権威主義体制はなぜ持続するのか、多くの研究者が取り組んできたテーマです。中国に興味を持つことは、このテーマに向き合うことでもあります。その際に、既存研究で当然視されていること、中国政治の常識を疑ってみると、手掛かりが見えてくるのではないでしょうか。また、量的テキスト分析をはじめとして、新しい研究手法の応用も進んでいます。ぜひ積極的に挑戦し、新しい発見につなげてください。
工藤さん、ありがとうございました。この記事をご覧になって、中国のメディア政策のありかたに興味を持たれた方は、ぜひ『中国の新聞管理制度』を手に取ってみてください。
参考文献
Zhao Yuezhi (2000) “From commercialization to conglomeration: The transformation of the Chinese press within the orbit of the party state”, Journal of communication, 50(2), 3-26.
Watanabe, Kohei (2021) “Latent semantic scaling: A semisupervised text analysis technique for new domains and languages,” Communication Methods and Measures 15(2): 81-102.