トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

著者に聞く①――工藤文さん
『中国の新聞管理制度』(勁草書房、2024年3月刊)

工藤文
金沢大学人間社会研究域法学系講師
連載
印刷する
本書では、一貫しているかのように見える中国のメディア政策が、実際には時代ごとに揺れ動いており、あとづけで法規化されたことを明らかにした。写真は本書で分析対象とされた商業紙のうち、『新京報』『南方都市報』の紙面。2005年12月30日(共同通信社)
本書では、一貫しているかのように見える中国のメディア政策が、実際には時代ごとに揺れ動いており、あとづけで法規化されたことを明らかにした。写真は本書で分析対象とされた商業紙のうち、『新京報』『南方都市報』の紙面。2005年12月30日(共同通信社)

問4 序章の前に、「用語の説明」という項目があります。やはり中国のメディア管理には、日本人には理解しにくい面があるのでしょうか。

(工藤)日本人には理解しにくい面があると思います。よく誤解を招く表現は、中国と日本字で同じ漢字を共有していても、意味が異なる場合です。例えば、日本語では「新聞」はnewspaperですが、中国語ではnewsの意味になります。ちなみに中国語でnewspaperは「報紙」です。他に、メディアを管理する主体をとっても、国務院やその関連機関もありますが、中心には常に中国共産党がいます。日本人にとっては、なぜ政党の一つにすぎない中国共産党が定めた規定が政府の政策や法律に優先するのか、疑問に思うことでしょう。それこそが、中国の政治体制の特徴であり、中国のメディア管理を理解することにつながります。

問5 特に参考にした先行研究や研究方法は何でしょうか。

(工藤)中国出身でカナダの研究者である趙月枝(Zhao Yuezhi)の研究に大きく影響を受けました。趙月枝は、コミュニケーションの批判的政治経済学といわれる西欧の理論枠組みを中国のメディア研究に応用しました。趙が2000年に発表した論文が本書の基礎となっています。趙は、党・市場・メディアの関係を対抗的にとらえるのではなく協調的にとらえ、市場はジャーナリズムを阻害する要因の一つであると主張しました。本書も同様の視点に立っています。また、研究方法としては、量的テキスト分析や内容分析を行いました。量的テキスト分析は、大量のテキストデータに対して機械的に分析を行う手法です。具体的には、LSS(Latent Semantic Scaling、Watanabe 2021)という、人間の判断を分析に含むことのできる「半教師あり学習」の手法を用いました。内容分析は、上海図書館や復旦大学図書館などに赴いて記事を収集し、約2万件の記事に対して分析を行いました。

問6 分析対象に『新民晩報』『新京報』『南方都市報』を取り上げた理由は何でしょうか。実際に、この3紙にはどのような違いが見られたのでしょうか。

(工藤)中国の商業紙を代表する新聞としてこの3紙を取り上げました。商業紙は市場での利益を志向する新聞であり、人々にとって身近な情報源です。ただし、3紙は都市報と晩報(夕刊紙)という違いがあります。『新京報』『南方都市報』は都市報であり、新興ジャーナリズムの旗手とみなされた新聞です。両紙は2011年ごろに党の介入を受けます。しかし、『新京報』は主管・主辦単位(管理主体)の変更、『南方都市報』は人事介入でした。量的テキスト分析の結果、わずかな変化ですが、管理主体の変更は新聞の自己検閲を促し、人事介入は批判的な言論を縮小させることがわかりました。他方、『新民晩報』は晩報という一般庶民向けに夕方に発行される総合紙です。『新民晩報』は1946年に上海で創刊し現存する新聞であり、中国共産党と新聞の70年間にわたる関係を内容分析によって検証しました。『新民晩報』はスポーツや娯楽分野で独自の記事を用いるのに対して、政治ニュースでは一貫して国営通信社である新華社の記事を掲載し、党に対する批判を避け続けてきました。党に対する批判を避け続けてきたことは『新民晩報』のみならず、『新京報』『南方都市報』にも共通する特徴です。

1 2 3

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.