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Commentary

文化コンテンツが中国で直面する困難:中国文化産業のレッドライン
「00后」のネットスラングで知る現代中国③

張志和
東京大学大学院博士課程
連載
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文化産業にとって中国は巨大市場だが、国内の厳しい創作環境や海外の文化コンテンツに対する規制など、乗り越えなければならない障害が多い。写真は北京市内の映画館に掲示された映画「君たちはどう生きるか」のポスター。2024年4月3日(共同通信社)
文化産業にとって中国は巨大市場だが、国内の厳しい創作環境や海外の文化コンテンツに対する規制など、乗り越えなければならない障害が多い。写真は北京市内の映画館に掲示された映画「君たちはどう生きるか」のポスター。2024年4月3日(共同通信社)

14億人の人口、約11億のネットユーザー数、そして世界第2位の経済規模を誇る中国は、既に文化産業の巨大市場となっている。映画の興行収入を例に取れば、2024年1~8月の中国市場の累計興行収入は約6億ドルに達しており、北米を超えて世界第1位となっている。世界中のエンタメ企業にとって、中国市場への進出は非常に魅力的だと言えよう。

しかし、インターネットが発達しているにもかかわらず、中国国内では「墙」(通称グレートファイアウォール、中国大陸地域から海外サーバーへの接続を遮断するシステム)の存在により、Google、Facebook、Instagram、X(旧Twitter)、YouTube、Netflixなど、海外で広く知られている主要なウェブサイトが原則として一切利用できない。この結果、多くの海外の文化コンテンツはネットを通じて中国市場に容易に進出できないのが現状である。

中国市場に進出したいなら、海外の文化コンテンツは中国の企業などと協力し、特別なルートを通じて進出することは可能である。このプロセスは中国で「引進」(導入)と呼ばれる。しかし、この「引進」プロセスには、国内外の協力だけでなく、最も重要かつ不可欠な関門がある。すなわち「過審」(政府の内容審査を通過する)である。これには、作品内の不適切な内容の削除や変更を伴うことが多い。本記事では、中国における文化コンテンツの審査について詳述し、それに伴う議論や逸話についても紹介する。

「建国以降、動物は妖怪になれない」

中国では、書籍や雑誌、テレビや映画、ゲームや漫画など、いかなる形式の文化作品も合法的に販売されるためには、政府の関連部門による審査を通過する必要がある。これはすなわち「報批」(申請書を提出する)、「送審」(審査に進む)、「過審」(審査を通る)という手続きである。インターネットを基盤としたウェブ小説、漫画、アニメ、動画、ライブ配信、ゲームまたはSNSなどは、国が政策を制定するよりも発展が速く進んだため、最初は審査が緩かったが次第に厳格化していった。

このような審査制度は、創作者や消費者を含め多くの不満を引き起こしている。このため、審査を担当する国家広播電視総局(略称:広電総局)は、ネット上で「総菊」(局と菊は中国語の発音が同じ)と揶揄され、長年にわたって皮肉の対象となっている。特に2014年には、広電総局が「8月から10月にかけては愛国主義に関連するドラマしか放送できない」、「『早恋』(未成年の恋愛を指す)が良い結末を迎えてはならない」など、物議を醸す新規制を発表したという噂が広まった。その中で最も広く注目を集め、今でも若者の間で流行語となっているのは、「建国以後不許成精」(中華人民共和国の建国以降、動物は妖怪になってはならない)(筆者注:古代中国文学の中で妖怪や神は常に重要な役であるが、マルクス主義は無神論なので妖怪や化け物を認めないため)という規定である。広電総局はこの規制がデマであると否定したが、実際に見ると、それ以降、現代中国を舞台にした映画やドラマでは、たとえホラーやファンタジーなどが題材の作品であっても、物語の結末では基本的にすべての超常現象に「夢オチ」や「主人公の想像」など「科学的」な説明を付けるようになっている。

青春ドラマの恋愛物語なのに、絶対に幸せな結末にならない。ホラーやファンタジーなのに、最後は「科学的」な解釈をしなければならない。さらに、犯罪題材なら必ず犯罪者は法の裁きを受け、家族はどんなに喧嘩しても必ず最後にハッピーエンドになるなど、「過審」の圧力はそれほどまでに大きいと言える。このような強引なエンデイングに対しては、視聴者から厳しい批判を受けつつも、「審査のためだから仕方ない」という理解の声もよくコメントの中で見られる。なぜなら、審査に通らない作品は審査意見によって内容に変更を加えなければならず、このような変更は物語の結末部分でより多いからである。中国の映画やドラマでは、俳優の口の動きと台詞が一致しない場面がしばしば見受けられることがあるが、基本的に審査部門からの指示に基づいて急遽修正された結果である。

他方、中国には文化作品の年齢制限制度がないため、大人向けの作品であっても、子供が目にする可能性を考慮しなければならない。ゆえに、青少年に悪影響を与える可能性がある表現を文化作品から極力排除する必要がある。このような修正は「和諧」(調和)と呼ばれ、さらにネットで「河蟹」(中国語では和諧と同じ発音で、本来の意味は川のカニだが、横に歩く=横行するので理不尽で横暴なイメージになる)。これは「社会主義和諧社会」(社会主義の調和した社会)という中国政府のスローガンから取られた言葉で、映像作品から不適切な内容を削除することを意味している。これは主に暴力、犯罪、エロチシズムなどの内容を指している。さらに、前述の「青春ドラマの恋愛が良い結末を迎えてはならない」という規制のように、青少年が恋愛(つまり「早恋」)することも不適切な要素として見られており、これと同様のさらに広範な内容が含まれている。

「227事件」

広電総局からの審査というプレッシャーに加えて、中国の文化作品は、視聴者からの「挙報」(告発)という、さらに厳しいプレッシャーに直面している。これは、視聴者が作品の特定の内容に不満を抱き、政府の関連部門(通常は広電総局)に通報することで、その作品が「下架」(公開中止)や「整改」(改正)され、さらには「封殺」(削除・禁止)されることを指す。中国には年齢制限制度がないため、これらの告発の多くは青少年の親からのものである。親からの告発によって既に発売された作品が禁止されるようになったケースは珍しくない。

そこでは、特にゲーム業界に対する影響が大きい。ゲームに夢中になる子供たちに関して、親たちからの告発や通報が相次いだ結果、政府は未成年者のオンラインゲーム依存を抑制するために厳格な管理体制を構築してきた。2021年に、中国はすべてのオンラインゲームでの実名登録を義務化し、未成年者が使用するアカウントは、金曜、土曜、日曜および祝日の午後8時から9時の間にしかプレイできないという規制を導入した。2022年以降、この規制は顔認証などの本人確認の強化を進め、さらにゲームのみならず他のサイトやアプリにも拡大している。

このように、民間からの告発はある意味で未成年者の保護に寄与したと言えるが、一方で創作の自由を制限する可能性も高い。2020年2月に発生した「227事件」と呼ばれるネット紛争は、こうした問題の典型例である。この事件の経緯は以下の通りである。中国のある人気芸能人のファンが、別のファンが海外の二次創作投稿サイトである「Archive of Our Own」に掲載した芸能人に関する作品に不満を抱き、ファンコミュニティを組織して、この作品は不適切な内容があり違法なサイトで連載しているため、削除されるべきだと政府に告発した。この行為はネット上で激しい論争を引き起こし、最終的には政府がこのサイトをグレートファイアウォールによって中国からブロックアウトした。この結果、「Archive of Our Own」を利用していた数多くのユーザーのみならず、さらに多くのネットユーザーが強い不満を抱き、創作の自由と文化コンテンツの多様性を謳(うた)う強い反発をネットで引き起こしたが、いまだにこのサイトは中国で利用できない。

いったん「封殺」されたら再び公開されることはほとんどないという厳しい現実にクリエイターたちが直面している。「Archive of Our Own」サイトの遮断は最初でも最後の例でもない。2021年、あるアイドル養成番組が視聴者に告発されたため、青少年に悪影響を与えるという理由で一時流行ったアイドル養成番組は中国で一気に禁止された。また、2022年、似たような経緯でBL(ボーイズラブ)関連作品も発売が禁止されるようになった。この状況に直面し、一部の中国企業は国内市場を放棄し、どうしても中国で公開できないため、海外でのみ発売することに方針を転換した。

「周知の事実ですが中国人の血は緑色なんです」

国家からの審査と視聴者からの監視に直面し、自分の作品が無事に公開できるように、中国のクリエイターや制作会社は常に自主規制を行い、作品内容を厳密に把握する必要がある。これは、中国における文化創作の自由を大きく制限するのみならず、海外の作品が中国市場に進出する際にも同様の対応が求められる。

実は、海外の文化作品が中国に導入される際に、内容の削除や修正が行われることがかなり多い。例えば、海外のゲームやアニメが中国で発売される際には、審査を通過するために露出の多いキャラクターに服を多めに着せたり、血液の色を緑色(時には黒色)に変更したりすることが一般的である。これを中国のネットユーザーは、「周知の事実ですが中国人の血は緑色なんです」と冗談めかして言っている。

成人向けの内容だけでなく、LGBTや政治的に敏感なテーマを扱った作品も、中国で合法的に「引進」されることは厳しい。このような作品に対して、中国のネットユーザーは「環大陸上映」(中国大陸の周りのみで上映する)と揶揄する一方、「網盤見」(ネットドライブで会いましょう)と言いながら、海賊版で作品を共有する方向に進んでいる。

海外の作品が最もレッドラインに触れやすいのは「辱華」(中国を侮辱する)の疑いであろう。政府による審査のみならず、高揚するナショナリズムの影響で、普通の消費者も中国(人)を差別したり敵視したりする内容に関して非常に敏感であり、自発的に告発やボイコットを行う行動が多く見られる。ある作品や人のファンであっても、中国を侮辱する疑いがあれば、直ちに反対する立場に豹変するという、「国家面前無偶像」(国家の前にはアイドルやファンなど存在しない、国家は何より大事である)というネットスローガンすらある。

以上述べたように、中国は文化産業にとって巨大な市場に見えるが、中国国内のクリエイターは厳しい創作環境に直面しており、海外の文化コンテンツが中国市場に進出する際にも予想以上の障害を乗り越える必要がある。

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