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Commentary

文化コンテンツが中国で直面する困難:中国文化産業のレッドライン
「00后」のネットスラングで知る現代中国③

張志和
東京大学大学院博士課程
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文化産業にとって中国は巨大市場だが、国内の厳しい創作環境や海外の文化コンテンツに対する規制など、乗り越えなければならない障害が多い。写真は北京市内の映画館に掲示された映画「君たちはどう生きるか」のポスター。2024年4月3日(共同通信社)
文化産業にとって中国は巨大市場だが、国内の厳しい創作環境や海外の文化コンテンツに対する規制など、乗り越えなければならない障害が多い。写真は北京市内の映画館に掲示された映画「君たちはどう生きるか」のポスター。2024年4月3日(共同通信社)

 このように、民間からの告発はある意味で未成年者の保護に寄与したと言えるが、一方で創作の自由を制限する可能性も高い。2020年2月に発生した「227事件」と呼ばれるネット紛争は、こうした問題の典型例である。この事件の経緯は以下の通りである。中国のある人気芸能人のファンが、別のファンが海外の二次創作投稿サイトである「Archive of Our Own」に掲載した芸能人に関する作品に不満を抱き、ファンコミュニティを組織して、この作品は不適切な内容があり違法なサイトで連載しているため、削除されるべきだと政府に告発した。この行為はネット上で激しい論争を引き起こし、最終的には政府がこのサイトをグレートファイアウォールによって中国からブロックアウトした。この結果、「Archive of Our Own」を利用していた数多くのユーザーのみならず、さらに多くのネットユーザーが強い不満を抱き、創作の自由と文化コンテンツの多様性を謳(うた)う強い反発をネットで引き起こしたが、いまだにこのサイトは中国で利用できない。

 いったん「封殺」されたら再び公開されることはほとんどないという厳しい現実にクリエイターたちが直面している。「Archive of Our Own」サイトの遮断は最初でも最後の例でもない。2021年、あるアイドル養成番組が視聴者に告発されたため、青少年に悪影響を与えるという理由で一時流行ったアイドル養成番組は中国で一気に禁止された。また、2022年、似たような経緯でBL(ボーイズラブ)関連作品も発売が禁止されるようになった。この状況に直面し、一部の中国企業は国内市場を放棄し、どうしても中国で公開できないため、海外でのみ発売することに方針を転換した。

「周知の事実ですが中国人の血は緑色なんです」

 国家からの審査と視聴者からの監視に直面し、自分の作品が無事に公開できるように、中国のクリエイターや制作会社は常に自主規制を行い、作品内容を厳密に把握する必要がある。これは、中国における文化創作の自由を大きく制限するのみならず、海外の作品が中国市場に進出する際にも同様の対応が求められる。

 実は、海外の文化作品が中国に導入される際に、内容の削除や修正が行われることがかなり多い。例えば、海外のゲームやアニメが中国で発売される際には、審査を通過するために露出の多いキャラクターに服を多めに着せたり、血液の色を緑色(時には黒色)に変更したりすることが一般的である。これを中国のネットユーザーは、「周知の事実ですが中国人の血は緑色なんです」と冗談めかして言っている。

 成人向けの内容だけでなく、LGBTや政治的に敏感なテーマを扱った作品も、中国で合法的に「引進」されることは厳しい。このような作品に対して、中国のネットユーザーは「環大陸上映」(中国大陸の周りのみで上映する)と揶揄する一方、「網盤見」(ネットドライブで会いましょう)と言いながら、海賊版で作品を共有する方向に進んでいる。

 海外の作品が最もレッドラインに触れやすいのは「辱華」(中国を侮辱する)の疑いであろう。政府による審査のみならず、高揚するナショナリズムの影響で、普通の消費者も中国(人)を差別したり敵視したりする内容に関して非常に敏感であり、自発的に告発やボイコットを行う行動が多く見られる。ある作品や人のファンであっても、中国を侮辱する疑いがあれば、直ちに反対する立場に豹変するという、「国家面前無偶像」(国家の前にはアイドルやファンなど存在しない、国家は何より大事である)というネットスローガンすらある。

 以上述べたように、中国は文化産業にとって巨大な市場に見えるが、中国国内のクリエイターは厳しい創作環境に直面しており、海外の文化コンテンツが中国市場に進出する際にも予想以上の障害を乗り越える必要がある。

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