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Commentary

中国の特許訴訟に関する実証分析のためのデータ
中国学へのミクロデータ活用法:企業関係データ編④

張星源
京都女子大学データサイエンス学部教授
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中国・北京の最高人民法院(日本の最高裁に相当)。知的財産に関する事件の判決も掲載する無料のウェブサイトを管理している(写真:共同通信IMAGE LINK)
中国・北京の最高人民法院(日本の最高裁に相当)。知的財産に関する事件の判決も掲載する無料のウェブサイトを管理している(写真:共同通信IMAGE LINK)
注:平均損害賠償金額は最大値を除いて計算したものです。

中国裁判文書網に公開されている発明専利侵害に関する新規一審民事判決案件の数は2014年の200件台から2020年の300件台まで増加しています。これは、同時期の日本の最高裁判所の裁判例検索サイトに掲載され、“ワ”という符号の振られた特許訴訟判例の数が2014年の83件から2020年の50件まで、年々減少しているのとは対照的です。ただ、中国の場合は、1つの特許権侵害案件に複数の本件特許が絡む際、本件特許ごとに判例番号を割り振ることになるので、判例の数だけで簡単に比較することができないという指摘もあります。

特許訴訟に勝訴した場合には、損害賠償、差し止め請求、または両方が認められることとなります。上の表を見る限り、中国の一審裁判での発明専利訴訟に関しては勝訴する比率が年々上昇し、70パーセント台に達していることがわかりました。ちなみに、アメリカの94の連邦地方裁判所における特許関係訴訟の平均勝訴率は60パーセント前後で推移しているという報道もある一方で、日本の特許訴訟をめぐっては “特許権者側が2割前後しか勝てない”ことがしばしば議論されています。無効審理制度をはじめ、どの要因が訴訟率に影響を及ぼすかは検証すべき課題と思われます。また、中国の裁判所に認容された損害賠償額は上昇する傾向があり、2017年のファーウェイがサムスン電子を訴えた裁判では8000万元(当時の為替レートで換算すると約12億円に上ります)という高額の損害賠償認容額を決定したケースが目を引きます。

判例文書にある本件特許については中国特許出願・登録番号しか書かれておらず、係争中の本件特許の内容については他のデータベースを利用し、名寄せ作業を行う必要があります。中国の特許の検索では中国国家知識産権局(CNIPA)の中国専利公布公告サイト以外に、独立行政法人・工業所有権情報・研修館が運営している特許情報プラットフォーム(J-PiatPat)でその中国特許に関わる各種公報を照会することも可能です。そこでは、その特許の出願日または登録日、出願人、発明者、クレーム、国際特許分類(IPC)等の情報を調べられます。また、中国を含めた100以上の国の特許庁にそれぞれ出願・登録された特許報が欧州特許局(EPO)によってPatstatという1つのデータベースにまとめられており、学術研究のための貴重な情報源としてさかんに利用されています。筆者はこのデータベースを用いて上記の判例にある本件特許番号と名寄せ作業を行いました。IPCに基づいた結果から、中国で訴訟を起こされた特許(発明専利)の44~58パーセントは金属製品・機械分類に属しており、近年に大きな話題になったICT関連技術の特許訴訟全体に占める割合は10パーセント前後で推移していることがわかります(表参照)。

中国の特許訴訟に関する実証研究の動向

経済学・経営学の視点からの中国の特許訴訟に関する実証研究は欧米の同種の研究に比べ、極めて少ないのが実情ですが、Love et al. (2020)の外国企業の中国における特許訴訟での勝訴率や損害賠償金に関する実証分析、Bian (2018)の中国裁判文書網のデータによる研究および筆者(2018)の同種の研究では、中国における特許の権利行使が世間の一般認識に反して積極的であることが明らかにされました。これらに加え、Kajitani (2023)は中国特許訴訟に関する商用データベースIncoPatを利用し、中国知識産権法院と知識産権法廷の導入の効果を実証的に検討しました。

その一方で、中国特許訴訟判例データに基づき、自らは事業活動を行わず、第三者から買い集めた特許権を行使し、巨額の賠償金目当てに特許権侵害訴訟を仕掛ける個人や企業というパテント・トロールを特定する試み、およびそれに関連する分析や、国際技術標準形成に絡む必須特許(SEPs)の特許権利者と実施者との間の多額のライセンス料訴訟に関する分析が注目されてきています。さらに、中国における特許訴訟では株価変動等の企業経営パフォーマンスへの影響や、特許出願や特許間引用の変化等の企業イノベーション戦略行動に与える影響を分析することが、より大きな関心を集めていると思われます。

参考文献:

Bian, Renjun (2018). “Patent litigation in China: Challenging conventional wisdom,” Berkeley Technology Law Journal, Vol. 33, 413-486.

Bian, Renjun (2021). “Patent trolls in China: Some empirical data,” Computer Law & Security Review, Vol. 40, 1-20.

Deng, Hui, Lingyun Xiong and Lijuan Xiao (2023). “Does patent infringement litigation affect stock price crash risk? Evidence from China,” Accounting & Finance, forthcoming.

Deng, Fei, Shan Jiao and Guanbin Xie (2021). “The current state of SEP litigation in China,” Antitrust, Vol. 35, 95-102.

独立行政法人日本貿易振興機構北京事務所 (2021)、「中華人民共和国専利法(改正)- 2021年6月1 日施行」。

独立行政法人日本貿易振興機構北京事務所 (2023)、「知的財産権侵害関連裁判マニュアル」。

Kajitani, Kai (2023). “The intellectual property strategy and establishment of specialized courts in China,” mimeo, Graduate School of Economics, Kobe University.

Love, J. Brian, Christian Helmers and Markus Eberhardt (2020). “Patent litigation in China: Protecting rights or the local economy?” Vanderbilt Journal of Entertainment and Technology Law, Vol. 18, 713-741.

張星源・姜佳明(2018).「特許権侵害訴訟の実証分析:日本と中国の比較分析を中心に」、『岡山大学経済学会雑誌』、49巻 3号。

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