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Commentary

中国の特許訴訟に関する実証分析のためのデータ
中国学へのミクロデータ活用法:企業関係データ編④

張星源
京都女子大学データサイエンス学部教授
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中国・北京の最高人民法院(日本の最高裁に相当)。知的財産に関する事件の判決も掲載する無料のウェブサイトを管理している(写真:共同通信IMAGE LINK)
中国・北京の最高人民法院(日本の最高裁に相当)。知的財産に関する事件の判決も掲載する無料のウェブサイトを管理している(写真:共同通信IMAGE LINK)

 中国における特許訴訟判例の調べ方として、いくつかの商用データベースが利用されていますが、中国政府が裁判書類の公開を推進した結果、2014年以降、最高人民法院のウェブサイト「中国裁判文書網」(https://wenshu.court.gov.cn)が公開され、誰でも無料でアクセスすることが可能になりました。特許権侵害事件にあたって、検索項目としてキーワード、案件理由、裁判所レベル、裁判年度、民事、刑事、行政といった帰属等の検索条件を設定し、関連する裁判書・裁定書(判例)の全文を調べることができます。

 しかし、そのウェブサイトにすべての判決等が掲載されているわけではありません。年により、または地域や裁判所ごとに、判例の掲載率に大きなばらつきがあるといわれています。とくに、2023年12月22日の人民日報の最高人民法院幹部への取材からは、中国の裁判所で行われた裁判の判例掲載件数は2020年の1920万件から2022年の1040万件へと3年間で大幅に減少していることが明らかにされました。その理由の1つは、近年、中国の国家安全や個人情報に関わる情報管理が強化されるとともに、各地の法院のデータ提供内容に関する判断基準が異なるためと推測されます。例えば、特許訴訟における和解に関する判例がほとんど公表されていません。中国裁判文書網を利用する際、こうしたことに留意することが必要です。

 中国裁判文書網に公開されている特許権侵害に関する新規一審案件の民事判決書(判例)には原告と被告の社名と住所、依頼された弁護士(弁理士)の氏名と法律事務所名が含まれています。ほかに、当事者の請求と主張、侵害された本件特許番号(裁判所によって匿名の場合もあります)、当裁判所の判断、判決の結果(棄却、差し止め請求の認容および損害賠償額)に関する情報も示されています。判決書の最後に裁判官の氏名や判決日等も記載されています。

 同時に、中国特許訴訟によく見られる管轄権に関する係争と、それに対する裁判所の判断は民事裁定書にまとめられ、同サイトにも公表されています。

 他方、被告側の重要な抗弁手段である本件特許の無効請求を人民法院は原則として受理せず、別途、国家知識産権局復審委員会に訴えを起こして、その有効性の審判を委ねることになります。これはいわゆる分離審理制度であり、ドイツ等の国も採用しております。英米のような同一の裁判所の同一の裁判官による無効判決という単一審理制度や、日本のような無効抗弁は裁判所、無効審判は特許庁と別々で行われるというダブルトラック審理制度とは異なっています。早期の一審民事裁判書には国家知識産権局復審委員会の決定を根拠として無効請求を認めるかどうかとの裁判官の決定を記すこともありますが、近年では民事裁定書という形で公表することが多くなりました。

特許訴訟の判例文書を正確に解析することが大事

 中国では,“発明”,“実用新型”および“外観設計”に該当するものを“専利”という1つの文言でまとめていますが、筆者が2022年7月から8月にかけて、“発明専利”に絞って、“中級人民法院”と“民事判決書”といったキーワードを用いて中国裁判文書網を検索した結果、キーワードに関わる2020年までの判例は計2201件に上ることがわかりました。

 同サイトに掲載された各地の中級法院の判例文書の件数は一部地域の裁判所に集中しています。裁判所の所在地情報に基づき整理したところ、掲載された件数が多い地域は浙江省(501件)、北京市(411件)、広東省(216件)、上海市(176件)、山東省(164件)、江蘇省(146件)、河南省(79件)、四川省(68件)、福建省(56件)、湖南省(49件)という順になりました。

 中国における特許訴訟判例文書の長さはまちまちであり、全文が20~30ページ以上に及ぶ判例が相当見受けられます。加えて、裁判官による争点整理の方法や当裁判所判断の記載方法が統一されていないために、判例のテキストデータをいかに正確に解析できるかが現在の大きな課題です。筆者はPythonなどのソフトを利用してデータ解析を試みました。上記の判例データ整理の一部の結果を表にまとめました。次のページをご覧ください。

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