トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

現代中国の都市をつくったのは、誰だろうか
改革と開放後の都市の成長を考える

鄭黄燕
東京大学大学院法学政治学研究科附属ビジネスロー・比較法政研究センター特任研究員
政治
印刷する
1980年代以降、中国では都市化が進み、2011年には都市人口が農村人口を初めて上回った。都市が成長すれば農村は衰退すると思いきや、都市化の主体となった農村もある(写真はイメージ〈広州市の街並み〉:barman/PIXTA)
1980年代以降、中国では都市化が進み、2011年には都市人口が農村人口を初めて上回った。都市が成長すれば農村は衰退すると思いきや、都市化の主体となった農村もある(写真はイメージ〈広州市の街並み〉:barman/PIXTA)

都市政府に先立って農村のほうが都市をつくっていく戦略は結果的に、政治的にも経済的にも成功した。政治的には、都市政府の土地収用を村側は拒否できなかったものの、交渉の余地を広げられるようにはなった。都市政府が土地を収用する時点で、すでに土地の用途は農業から不動産業に転換されていたことによって、土地収用の補償をめぐる都市政府との交渉で、村側は有利な条件を勝ち取ることができた。農業用地より、建物が建てられた土地のほうが、より高額な収用補償が得られるからである。

また土地が収用される見返りとして、村には、金銭的な補償だけではなく、村が自主的に開発することができる都市区域内の一区画の土地(中国語では「留用地」と呼ばれることもある)ないし建物を補償としてもらうことに成功した。都市政府の土地収用で村側はより低額の金銭的な補償しか受けられないという指摘もしばしば見受けられるが、それは、農業用地としてしか土地を利用していていなかった地域でよく発生することである。それに対し、いち早く土地の用途を不動産業に転換した村は、都市の一部になっていく過程で、開発利益をめぐって都市側と競合し、経済的な利益を確保していくことに成功したのである。

このように、中国の都市はもっぱら都市政府の主導でつくられたのではなく、村の主導で成長してきた側面がある。そこで浮き彫りになるのは、本稿の冒頭で触れた都市間競合とは異なる、都市とその周辺の農村との競合である。

都市をつくった農村の痕跡の一例が、中国社会で「城中村」と呼ばれる区域およびその周辺の不動産資産を所有するコミュニティである。当該コミュニティのメンバーは、すでに都市の行政区画内に居住し都市の構成員になっているものの、農村であった時代の構造を保っている。すなわち、元の村民を構成員とするコミュニティが、共同所有資産としての不動産を経営する会社を共同で所有している。元の村のリーダーはその会社の経営陣、村民は株主に変身しているのである。

社会主義の制度が変貌する中で、共同所有資産を持つ農村コミュニティが都市側と競合し、そこから現代中国の拡大した都市の一角が生み出された。

今後の中国社会を考えていくうえでの示唆

農村コミュニティが都市をつくるという事象は、従来の考え方では容易に理解できないものである。土地問題を検討するとき、土地の所有権に着眼するのが一般的であった。土地の公的所有制が敷かれている社会では、地域のリーダーとは異なる上位政府が土地の利用方針を決定し、それに癒着した不動産開発企業に開発利益が分配されると考えられている。この点に注目すれば、村のリーダーという主体は、村民の代表とはいえ、やはり公権力に近い存在である。この政治構造の下で、土地の私的所有権を保障されていない村民には、開発利益が正当に分配されない可能性が高いとも考えられている。実際にそうした現象は起きていて、とりわけ農地をめぐる取引の過程で顕著に見られる。

しかし、村民に不利な政治構造にばかり目を向けると、都市の周辺地域で生じた都市化の実態を見逃してしまう。前述のとおり、そこでは村のリーダーが村民と一体となって不動産業を営む商業主体としての農村コミュニティを形成し、都市の成長を促してきた。すなわち、公的所有制をめぐる政治権力の働きは、単純に企業、村のリーダーといった主体が公権力に癒着していく方向へと向かっていたのではない。都市化のメカニズムを包括的に理解するためには、従来の議論の前提を覆す思考法が必要とされる。

一方で、財産権の観点からすれば、土地問題は資産をめぐる国家と個人の関係にも大きな影響を与え得る。2023年、都市再開発を積極的に進めることが国家の重要な政策課題として位置づけられ、その具体策の1つとして「アーバンリニューアル」事業が提示された(注1)。この事業が対象とするのは、元の農村コミュニティ所有の建築物が立地する都市の行政区域であり、誰が事業の担い手になるのか、注目に値する。都市政府に代わって不動産開発企業とかつての農村コミュニティの双方に進めさせる動きが、実は2006年末からすでに広東省で現れている(注2)。本稿の中で、都市開発における農村コミュニティの役割を明らかにしてきた筆者の立場からすれば、国が打ち出している新たな政策課題は、改革と開放以来、都市側のつくった空間と、農村側のつくった空間、両方によって現代中国の都市化が進められてきた延長線上にあるといえよう。やはり都市と農村の関係は、中国社会の変容を考える上で欠かせない要因である。

なお、近刊の拙著『都市化の中国政治:土地取引の展開と多元化する社会』(名古屋大学出版会)では、中国社会が都市化していく時代に都市と農村の間で繰り広げられた土地政治の全体像を明らかにした。

(注1)「都市のなかの村を改造し、民生を豊かにし、内需を拡大させる(城中村改造惠民生拡内需)」中華人民共和国中央人民政府HP:https://www.gov.cn/yaowen/liebiao/202309/content_6904844.htm (2023年11月22日確認)

 

(注2)藍宇蘊(2010)、「論市場化的城中村改造:以広州城中村改造為例」、『理論探討』、2010年12月、275-278頁。

1 2 3
ご意見・ご感想・お問い合わせは
こちらまでお送りください

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.