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Commentary

日本は力を用いて迫る中国といかに向き合うか
したたかな外交で「競争と協力」を同時に進めよ

高原明生
東京女子大学特別客員教授
政治
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45年前の1978年10月23日、首相官邸で行われた日中平和友好条約批准書交換式で握手する黄華外相(左から2人目)と園田直外相。左端は鄧小平中国副首相、右端は福田赳夫首相(写真:共同通信IMAGE LINK)
45年前の1978年10月23日、首相官邸で行われた日中平和友好条約批准書交換式で握手する黄華外相(左から2人目)と園田直外相。左端は鄧小平中国副首相、右端は福田赳夫首相(写真:共同通信IMAGE LINK)

 そして、尖閣諸島(中国語では「釣魚島」)をめぐる問題には触れないことが暗黙の了解となりました。1971年12月に中国はその主権を主張し始めましたが、国交正常化交渉の際は周恩来首相がこの問題は今回は話したくない、石油が出るからこれが問題になったなどと述べ、田中首相もそれでよしとしました。平和友好条約交渉の際には鄧小平副総理が園田直外相に対し、「中国政府は、この問題で両国間に問題を起こすことはない」と明言しました。 

 ところが、冷戦が終わって北方の脅威だったソ連が解体すると、中国は1992年にいわゆる領海法を制定し、「釣魚島」を自国領土として同法に書き込みました。その後、2004年に建前上は民間の活動家が魚釣島(尖閣諸島で最大の島)に強行上陸したり、2006年には国家海洋局が東シナ海権益擁護定期巡航制度を導入し、2008年にはその船が初めて主権の主張を目的に領海に侵入したりするなど、「サラミスライシング」と指摘されるように中国は行動を徐々にエスカレートさせていきます。2012年に日本政府が尖閣諸島を民間の地主から購入すると、中国の監視船が領海や接続水域に頻繁に侵入するようになりました。

 中国側のこうした行動は、日中平和友好条約の反覇権条項に違反していないでしょうか。

 中国側は、自分たちの領土をパトロールして何が悪いのかと言うようになりました。東シナ海のみならず、東南アジアの国々と争いがある南シナ海に関しても、力で実効支配地域を拡大していく構えです。日本側は中国側に対して「今の行動は覇権主義的に見える」とはっきり指摘したほうがいいと、私は思います。ここで、改めて考えてみましょう。覇権とは一体どういう意味なのか。

意味が不明瞭な「覇権」――中国ではどう定義されているか

 そもそも覇権という言葉は意味が曖昧であるため、反覇権条項について日本側は条約になじまないと考えていました。しかし交渉の過程で中国側に覇権の定義について何度か問うても、改めて解釈をする必要はない、意味はおわかりでしょうなどと、いつもはぐらかされたといいます。

 では、中国語で覇権はどう定義されているのでしょうか。『現代漢語詞典』の「覇権」の項を和訳すると、「国際関係において実力を用いて別の国を操る、あるいは支配する行為」となります。言い換えれば、中国語で覇権とは、実力を用いて自らの意思を他国に押し付ける行為、ということなのです。

 日中間の覇権をめぐる問題は1980年代を通じて表面化することがありませんでした。1980年代は今から思えば夢のような蜜月の時代で、ソ連という共通の安全保障上の脅威があり、歴史教科書問題や靖国神社参拝問題などがあっても、日中双方の相手に対する感情は総じて良好でした。その背景で作用した大きな要因は、経済利益です。日本は中国経済の発展のポテンシャルをよく理解しており、その一方で、1970年代末に開放政策を推進した中国は華僑華人と日本を頼りにしていました。1980年代の日中関係においては、両者の経済的思惑がピタリと一致していたのです。

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