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Commentary

少数民族統治に起用される畑違いの政治エリート
新疆ウイグル自治区トップの馬興瑞とは何者か

熊倉潤
法政大学法学部国際政治学科教授
政治
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新疆ウイグル自治区のカシュガル旧市街。再開発が進みつつある(筆者撮影)
新疆ウイグル自治区のカシュガル旧市街。再開発が進みつつある(筆者撮影)

近年、新疆ウイグル自治区では、100万人もの無辜(むこ)の民が再教育施設に強制収容されたとして国際的注目を集めている。

大規模収容政策を指揮した自治区党委員会書記の陳全国は、2021年12月にその職務から離れた。このとき馬興瑞(ば・こうずい)という人物が後任の書記に起用されたが、馬興瑞という人物については、さほど知られていない。広東から新疆に赴任した馬興瑞とはいったい何者なのか。

実は馬興瑞の人事は、3期目を迎えた習近平政権の、少数民族地域や香港などに対する統治のあり方と関係している。本稿では、馬興瑞の新疆ウイグル自治区党委員会書記への起用を例に、習近平政権の国家統合の特徴と考えられる、「畑違いの人物」の起用について見ていきたい。

快速の昇進で「航天」局長となった技術系官僚

2021年12月に陳全国に代わって新疆ウイグル自治区党委員会書記に就任した馬興瑞は、どのような経歴の持ち主であるのか。そのプロフィールを探ると、特徴的な点が浮かび上がる(注1)。

1つは、馬興瑞がもともと技術系の専門家で、技術系官僚であったことである。1959年に黒龍江省双鴨山の鉱山労働者の家庭に生まれた馬興瑞(祖籍は山東省)は、1978年に阜新鉱業学院に入学後、機械力学を学ぶようになる。1982年に同学院を卒業後、天津大学力学系の修士課程に進み、1985年にはハルビン工業大学の博士課程に入った。1988年に同大学の飛行力学の研究室で博士号を取得し、同年に、入党した。

その後、ハルビン工業大学で講師となり、わずか数年で副教授、教授と快速の昇進を遂げ、1993年には航天工程・力学系の主任に就いた。1996年には同大学の副校長に就任したが、それもつかの間、同じ年のうちに中国空間技術研究院(五院)の副院長に抜擢された。1999年には宇宙開発、ロケット、ミサイルなどの開発、製造を担う中国航天科技集団の副総経理のポジションに入り、2007年に総経理に昇進した。2013年に工業情報化部副部長に就任するまで、14年ほどを「航天」で過ごした。

工業情報化部に移ってからも、同部の管理下にある国家航天局局長になるなど、「航天」とのつながりが続いた。ここ数年、習近平政権下において技術系官僚の起用が相次いでいるが、とくに「航天」関係者の昇進が目立っており、馬興瑞の人事もそうした流れの中に位置づけることができよう。

もう1つの大きな特徴は、その後の経歴にある。馬興瑞は、2013年に工業情報化部に移ったが、同年のうちに広東省に転出し、広東省党委員会副書記、政法委員会書記に就任した。2015年から16年にかけて深圳市党委員会書記を、2016年から17年にかけて広東省政府副省長を、2017年から21年にかけて同省長を歴任した。馬興瑞は新疆に赴任する前のおよそ8年を珠江デルタで過ごしたことになる。

馬興瑞(百度百科より)

馬興瑞は、最も経済発展した沿海部の1つである広東から新疆に入った(注2)。その意味するところは、第1に今後の新疆政策が、治安面を強調し続けつつも、経済に軸足を移していくことにある。新疆の経済発展にとって、「対口支援」と呼ばれる、新疆の各地方とペアを組んだ沿海部からの支援は欠かせない。広東省は新疆南部のカシュガルを中心に支援を担当しており、そのつながりは馬興瑞の人事と無縁ではない。

最近でも2023年7月に広東省党委員会書記の黄坤明率いる広東省党政府代表団がカシュガルを訪問した際に、馬興瑞以下、新疆ウイグル自治区党委員会の上層部と座談会を行い、「対口支援」の不断の発展を確認している(注3)。この点からも馬興瑞の人事には、新疆の経済における広東という要素が関係していたことがわかる。

香港統治の要職に起用された内地の非専門家

馬興瑞の人事をもう少し広い視野から見てみよう。実は馬興瑞の人事は、2期目以降の習近平政権の、少数民族地域や香港などに対する国家統合のあり方と密接に関係している。ここで注目されるのが、少数民族地域や香港などに対する統治を管理、監督する指導的地位に、「畑違いの人物」が起用される人事が、近年相次いでいることである。

「畑違いの人物」とは、どのような人物か。少数民族地域や香港などの統治には、そういった地域の行政に携わってきた、その道の専門の人が就く傾向があった。しかし近年、それぞれの地域と無縁だが、別の専門がある人物の起用が相次いでいる。こうした「畑違いの人物」の起用の例として、中央政府駐香港連絡弁公室(中連弁)主任、国務院香港マカオ事務弁公室(港澳弁)主任、国家民族事務委員会主任などの人事が挙げられる。

2020年に、これらの人事が次々に動き、これまで現地の行政に直接携わったことがない内地人、漢人が枢要な地位に起用されることとなった(注4)。香港では、2020年1月、中連弁主任が王志民から駱恵寧に交代となり、翌2月には港澳弁主任の張暁明を副主任に降格させ、後任に夏宝龍を就ける人事が行われた。いずれも反政府デモへの対応をめぐり前任者の責任が問われたと考えられるが、新任の2人には香港関連の職務経験がなかった。駱恵寧は前山西省党委書記で、安徽、青海、山西といった内地でキャリアを積んできた。夏宝龍は2018年に全国政治協商会議副主席に就任したが、経歴の大半を天津と浙江で過ごした人物である。これまで中連弁、港澳弁の主任は、香港での職務経験がある人物、あるいは外交の経験者が多かったため、慣例破りの人事として注目された。

少数民族政策の面でも、2020年12月、国家民族事務委員会主任がモンゴル族のバータル(巴特爾)から漢人の陳小江に代えられた。同主任はウランフ(烏蘭夫)以来、長きにわたって少数民族が連続して就任した、いわば少数民族の指定席であった。そこに漢人の、しかも民族政策に直接関係のない水利畑を一貫して歩んできた人物を起用したため、これもまた慣行によらない人事として物議を醸した。

その後、同主任は、2022年6月に中央統一戦線部副部長、国務院僑務弁公室主任の潘岳に交代となった。潘岳は統一戦線部に移る前、中央社会主義学院党組書記として、習近平政権が「中華民族共同体意識」の確立を打ち出したのに呼応し、『中華民族共同体史綱』の編纂を推進したことで知られる(注5)。とはいえ潘岳も、少数民族地域への赴任の経験のない幹部であることには変わりない。同主任はそのような漢人幹部が起用されるポストになったといえよう。

国家統合の加速化を狙っている習政権

本稿において見てきた馬興瑞も、潘岳などと同じく、少数民族地域への赴任経験のない幹部である。前任者の陳全国が、チベット自治区党委員会書記を務め、そこでの統治の経験を買われて、新疆への横滑りを命じられたのとは対照的である。

むろん新疆ウイグル自治区の党委員会書記は、他の省や自治区と同様に、全国転勤する上級幹部が次々に着任しては離任するポジションであり、歴代の書記にもいろいろな経歴の人がいた。少数民族地域と縁もゆかりもなかった過去の書記には、王楽泉などがいる。しかし「航天」という専門性、また広東というつながりは、歴代の書記になかった要素である。技術者としての専門性については、文革世代が徐々に引退し、文革後に専門性をじっくり磨く機会を得た世代がいよいよ上層部に増えてきたということもあろう。

いずれにせよ、馬興瑞も明らかに別の畑で専門性を磨いてきた「畑違いの人物」であり、習近平政権は、新疆や他の少数民族地域にたくさんいる少数民族の扱い方を熟知する漢人幹部ではなく、あえて馬興瑞のような人物を新疆統治のかなめに送り込んだのである。その意味では、馬興瑞の人事も、近年顕著な「畑違いの人物」の任用の一環という面があるといえよう。

習近平政権は2期目以降、周辺地域の特殊性、専門性に基づく人事慣行を踏襲せず、それぞれの地域とそれまで無縁であった別の道の専門家をあえて要職に起用することで、周辺地域を管理、監督する布陣を固めている。換言すれば、そのような「畑違いの人物」の起用をつうじて、従来の幹部任用の垣根を取り払い、「新時代」の全国一体の国家統合を加速させていると考えられる。

(注1)公表されている馬興瑞のプロフィールは以下に見ることができる。央視網「人物簡歴:馬興瑞」2021年12月29日。人物简历:马兴瑞_新闻频道_央视网(cctv.com)

(注2)熊倉潤『新疆ウイグル自治区――中国共産党支配の70年』中央公論新社、2022年、220ページ。

(注3)「広東省党政代表団来疆考察対接対口支援工作」『新疆日報』2023年7月12日、第1版。https://xjrb.ts.cn/xjrb/20230712/211747.html

(注4)本段落及び次の段落は、下記の拙稿をもとにしている。「習近平政権が進める国民統合──新疆と香港の事例を中心に──」『習近平政権研究(中国研究会)』日本国際問題研究所、2023年、77-78ページ。https://www.jiia.or.jp/pdf/research/R04_China/01-05.pdf

(注5)星島網「中国観察:潘岳的民族融合観」2022年6月22日。https://std.stheadline.com/sc/kol/article/6971/%E6%94%BF%E5%95%86KOL-%E4%B8%AD%E5%9C%8B%E8%A7%80%E5%AF%9F-%E6%BD%98%E5%B2%B3%E7%9A%84%E6%B0%91%E6%97%8F%E8%9E%8D%E5%90%88%E8%A7%80

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