Commentary
少数民族統治に起用される畑違いの政治エリート
新疆ウイグル自治区トップの馬興瑞とは何者か

もう1つの大きな特徴は、その後の経歴にある。馬興瑞は、2013年に工業情報化部に移ったが、同年のうちに広東省に転出し、広東省党委員会副書記、政法委員会書記に就任した。2015年から16年にかけて深圳市党委員会書記を、2016年から17年にかけて広東省政府副省長を、2017年から21年にかけて同省長を歴任した。馬興瑞は新疆に赴任する前のおよそ8年を珠江デルタで過ごしたことになる。

馬興瑞は、最も経済発展した沿海部の1つである広東から新疆に入った(注2)。その意味するところは、第1に今後の新疆政策が、治安面を強調し続けつつも、経済に軸足を移していくことにある。新疆の経済発展にとって、「対口支援」と呼ばれる、新疆の各地方とペアを組んだ沿海部からの支援は欠かせない。広東省は新疆南部のカシュガルを中心に支援を担当しており、そのつながりは馬興瑞の人事と無縁ではない。
最近でも2023年7月に広東省党委員会書記の黄坤明率いる広東省党政府代表団がカシュガルを訪問した際に、馬興瑞以下、新疆ウイグル自治区党委員会の上層部と座談会を行い、「対口支援」の不断の発展を確認している(注3)。この点からも馬興瑞の人事には、新疆の経済における広東という要素が関係していたことがわかる。
香港統治の要職に起用された内地の非専門家
馬興瑞の人事をもう少し広い視野から見てみよう。実は馬興瑞の人事は、2期目以降の習近平政権の、少数民族地域や香港などに対する国家統合のあり方と密接に関係している。ここで注目されるのが、少数民族地域や香港などに対する統治を管理、監督する指導的地位に、「畑違いの人物」が起用される人事が、近年相次いでいることである。
「畑違いの人物」とは、どのような人物か。少数民族地域や香港などの統治には、そういった地域の行政に携わってきた、その道の専門の人が就く傾向があった。しかし近年、それぞれの地域と無縁だが、別の専門がある人物の起用が相次いでいる。こうした「畑違いの人物」の起用の例として、中央政府駐香港連絡弁公室(中連弁)主任、国務院香港マカオ事務弁公室(港澳弁)主任、国家民族事務委員会主任などの人事が挙げられる。
2020年に、これらの人事が次々に動き、これまで現地の行政に直接携わったことがない内地人、漢人が枢要な地位に起用されることとなった(注4)。香港では、2020年1月、中連弁主任が王志民から駱恵寧に交代となり、翌2月には港澳弁主任の張暁明を副主任に降格させ、後任に夏宝龍を就ける人事が行われた。いずれも反政府デモへの対応をめぐり前任者の責任が問われたと考えられるが、新任の2人には香港関連の職務経験がなかった。駱恵寧は前山西省党委書記で、安徽、青海、山西といった内地でキャリアを積んできた。夏宝龍は2018年に全国政治協商会議副主席に就任したが、経歴の大半を天津と浙江で過ごした人物である。これまで中連弁、港澳弁の主任は、香港での職務経験がある人物、あるいは外交の経験者が多かったため、慣例破りの人事として注目された。