Commentary
台湾の原発再稼働をめぐる攻防
与党・民進党の政策大転換とエネルギー問題の未来
民進党の反原発の主張と台湾の反原発運動
民進党の反原発の主張は、これまで長年、何度も大きな政治的、社会的な波乱を引き起こしてきた。台湾の原発は、権威主義統治と言われる国民党の長期政権の下で、1970年代から1980年代に建設が進められ、第1~第3の原発が完成した。当時、戒厳令下だったこともあって、国民党が進める原発開発に反対することは難しかった。しかし、アメリカのスリーマイル島原発で1979年に事故が発生すると、台湾でも反原発運動が始まる。
1980年代になり、台湾の高度経済成長に必要な電力供給を支えるため、第4原発の建設計画が持ち上がると、反原発運動は第4原発の建設反対が焦点となる。同時にこの時代は、1986年の本格的野党である民進党の結成、1987年の戒厳令解除、1988年の台湾出身の李登輝総統の誕生などと、台湾の民主化が進んだ。反原発はタブーから解放され、国民党政権打倒の目標と結び付き、民進党の最も重要な主張の1つとなった。
ちなみに、第4原発の直接の受注元はアメリカのゼネラル・エレクトリックだが、1号機の原子炉は日立製作所、2号機の原子炉は東芝、発電機は三菱重工業が供給する予定だった。この原発は日米と深くかかわっている。
国民党は反対の声が高まる中でも、第4原発の建設を継続した。しかし、2000年に民進党の陳水扁氏(総統在任2000~2008年)が総統に当選し、台湾で戦後初の政権交代が実現する。すると、陳水扁政権はさっそく、反原発の公約を実行に移した。つまり、第4原発の建設を停止したのである。同年10月に工事中止を発表した。
ところが、当時、民進党は少数与党だった。引き続き立法院(議会)で多数を占めていた国民党は、第4原発の建設停止に強く反発し、建設継続を求める決議を行った。これにより、停止からわずか4カ月後の2001年2月に建設は再開された。民進党の反原発の主張は、ここで大きな打撃を受けることになる。
しかし、その後も反原発の運動は収まらなかった。そして、2011年に東日本大震災で福島第1原発の事故が発生した。同じ地震の多発地帯である台湾にとって、他人事とは思えない出来事だった。これを受けて、反原発運動が大きく盛り上がった。この時、政権は再び国民党に戻り、馬英九氏(総統在任2008~2016年)が総統を務めていた。数万人規模の大規模な反原発デモが繰り広げられる中で、馬英九政権は2014年に第4原発の建設を凍結すると発表し、2015年から3年間の凍結期間に入った。再開する場合は台湾の全有権者を対象とする「公民投票」(住民投票)にかけることになった。これ以降、第4原発の稼働・建設は現在まで停止したままとなっている。
一方で、原発賛成派の動きも続いた。2016年に蔡英文氏(総統在任2016~2024)が総統に当選し、民進党が政権に復帰すると、蔡英文政権は「電業法(電気事業法に相当)」を改正し、2025年までに原発を全廃することを法律条文に盛り込んだ。これに反発した原発賛成派の民間団体は、この条文の廃止を求める「公民投票」を発動した。この台湾の全有権者を対象とした「公民投票」は、2018年に実施され、賛成が589万票(59%)、反対が401万票(41%)で、成立した。つまり、この条文は無効となった。原発賛成派の勝利だった。
しかし、この「公民投票」が成立して条文は無効となっても、民進党による原発廃止に向けた動きは止まらなかった。そこで、原発推進派は再び「公民投票」を発動した。今度は、第4原発の凍結解除の是非を問うものだった。投票は2021年に実施され、賛成が380万票(47%)、反対が426万票(53%)で、不成立に終わった。今度は原発反対派の勝利だった。