Commentary
憲法法廷の機能不全が映す台湾憲政の危機
立法院による問題だらけの議事手続きと司法機能の麻痺
黄元大法官の指摘の通り、立法院が憲法法廷の定足数などの開廷基準を引き上げたうえで判事(大法官)に対する人事権を盾にとり、司法院の憲法判断の機能を停止させる行為はそもそも違憲の疑いが極めて強かった。とりわけ2024年の改正憲法訴訟法における開廷基準引き上げは各国の制度と比べても異例である。アメリカでは最高裁判事は終身職で長期間欠員が生じにくく、日本では判事は内閣が任命するため欠員の問題は生じない。ドイツでは後継人選が決まらない場合、現職裁判官が任期満了後も職務を継続し、人数不足の場合は他の法廷から代理を抽選で選ぶ制度がある。欠員が出た場合の適切な補完措置を欠いた改正を行い、そのうえで大法官の人事案を拒否し続けるという立法院の対応は、司法機能の麻痺を狙った反立憲的行為と言わざるを得ない。
民主主義の後退が叫ばれる国々でも、議会の多数派による司法機関への圧力の事例がいくつも見られる。ハンガリーでは2010年以降、与党フィデス政権が憲法裁判所判事の定員増と任期延長、裁判長の選出方法を判事の互選から議会指名に変更、裁判官・検察官の定年引き下げによる現任裁判官の強制退職などの措置を通じて司法への統制を強化した。ポーランドでは2015年末以降、与党「法と正義」政権が大法廷の定足数引き上げや議決要件の厳格化で審理を停滞させ、憲法法廷が違憲判断を下すと政府は判決の官報公表を拒否するなどして対立を深めた。立法府による司法権の統制だけが原因とは言えないが、民主主義の指標を示すV-Demの自由民主主義指標データは、ハンガリーでは2010年以降低下しており、ポーランドも2023年の政権交代後の是正措置が起こるまでは顕著に低下傾向にあった。
台湾における憲政の危機
野党が行政と司法を「独裁」と批判する中、政府側も頼清徳総統が12月15日に公表した市民向けの動画演説の中で野党の立法院運営を「立法濫権、在野独裁」と批判している[9]。行政と立法が互いを「独裁」と呼ぶ応酬の先に、憲法秩序を回復する具体策が不透明であるうえ、立法院では総統の弾劾や大法官への非難決議といった政治対立の事案に勤(いそ)しむ一方、来年度の予算審議すら始められておらず、台湾政治は閉塞(へいそく)感を深めている。
憲法法廷の機能が早期に回復されるかどうかが、今後の台湾政治の鍵となる。すでに2025年12月の憲法法廷判決で改正憲法訴訟法は部分違憲として失効し、実務上は旧法の枠組みに戻った。しかし、3人が評議への参加を拒否して実働の現任大法官はわずか5人である。大法官の欠員が続けば、行政府と立法府の違憲的行為へのインセンティブ(動機付け)はさらに強まる。実際、行政院が副署拒否(「頼清徳総統への弾劾手続きが映す台湾憲政の苦境」を参照)によって法律の発効を止めるやり方も、立法院が憲法法廷の判決に従わない対応も、違憲状態が続いている。現実的な出口は、(1)頼総統が速やかに新たな大法官候補の指名を行い、(2)立法院がこれを政治報復の材料ではなく、憲政回復の前提として同意し、(3)憲法法廷が再び継続的に判断を積み上げられる状態に戻すことに尽きる。とはいえ、行政府と立法府のねじれの構図の下で、大法官人事は引き続き政争の焦点となるだろう。今年11月の統一地方選挙によって新たな民意が示されるまで、膠着(こうちゃく)状態が続く公算が大きい。台湾政治は今、まさに憲政の危機にある。
[1] 「113年憲判字第9号」司法院憲法法廷ウェブサイト2024年10月25日(https://cons.judicial.gov.tw/docdata.aspx?fid=38&id=352966, 2025年12月29日最終閲覧。)
[2] 総統の「国情報告」とは、総統が国家の現状と重要政策方針について議会で報告する制度である。1994年の第3次憲法改正で国民大会に総統の「国情報告」を聴取する権限が付与された後、李登輝総統(当時)は国民大会で報告を行っている。2000年の第6次憲法改正により国民大会が虚級化されたことで、この権限が立法院に移転された。しかし、この改正以降2024年まで、陳水扁、馬英九、蔡英文のいずれの総統も立法院での国情報告を実施していない。この制度の機能不全も、台湾型の半大統領制における総統と立法院の関係における構造的問題を象徴していると言えよう。
[3] 「記者会|「憲政危機270天!憲法法庭不能再癱瘓,自力突囲非拡権」新聞稿」財団法人民間司法改革基金会ウェブサイト2025年10月22日(https://www.jrf.org.tw/articles/3060, 2026年2月15日最終閲覧。)
[4] 「大法官蔡宗珍、朱富美、楊恵欽発声 指低於10人無法組成合法憲法法庭」聯合報新聞網ウェブサイト2025年10月8日(https://udn.com/news/story/6656/9056970, 2025年12月27日最終閲覧。)
[5] 「114年憲判字第1号」司法院憲法法廷ウェブサイト2025年12月19日(https://cons.judicial.gov.tw/docdata.aspx?fid=38&id=355485, 025年12月31日最終閲覧。)
[6] 「憲法法庭114 年憲判字第1 号判決協同意見書」司法院憲法法廷ウェブサイト2025年12月19日(https://cons.judicial.gov.tw/docdata.aspx?fid=38&id=355485, 2025年12月31日最終閲覧。)
[7] 「憲訴法違憲案 蔡宗珍等3大法官:5人憲判無效【意見書全文】」中央通信社2025年12月19日(https://www.cna.com.tw/news/aipl/202512190200.aspx, 2026年2月15日最終閲覧。)
[8] 「憲法法庭停擺,前大法官怎麼看?ft. 前大法官 黄虹霞|法客電台 Video Podcast EP37」「法律白話文運動」チャンネル2025年10月20日配信動画(https://www.youtube.com/watch?v=BDhLlcSd8Hw&t=1s, 2026年2月14日最終閲覧。)
[9] 「総統院際国政叙茶発表録影談話」総統府ウェブサイト2025年12月15日(https://www.president.gov.tw/News/39712, 2026年2月17日最終閲覧)。