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Commentary

頼清徳総統への弾劾手続きが映す台湾憲政の苦境
「副署拒否」で行政府・立法府・司法府が膠着状態に

平井新
東海大学政治経済学部特任講師
政治
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行政府と立法府がともに「相手こそ違憲だ」と主張し合う中で、憲法判断を下すべき司法府が麻痺しているという膠着状態が続いている。写真は頼清徳総統に対する弾劾案を立法院でアピールする野党議員ら。2025年12月24日(共同通信社)
行政府と立法府がともに「相手こそ違憲だ」と主張し合う中で、憲法判断を下すべき司法府が麻痺しているという膠着状態が続いている。写真は頼清徳総統に対する弾劾案を立法院でアピールする野党議員ら。2025年12月24日(共同通信社)

2025年12月下旬、台湾の立法院(議会に相当)では、頼清徳総統の「弾劾」の発議案[1]が国民党、民衆党の野党二党の賛成多数(60対51)で可決された。発議案では、26年1月には立法院における公聴会、4月には聴聞会などを経たのち、5月19日に立法院本会議での決議という日程になっている。

総統弾劾案の発議は台湾の民主憲政史上初

台湾で総統の弾劾案の発議が立法院で可決されたのは、「中華民国憲法」が追加修正条文の形式で改正され現行の民主体制が整備された2005年以降、初となる。しかし、総統弾劾のハードルは非常に高い。中華民国追加修正条文および憲法訴訟法によれば、総統・副総統に対する弾劾案は①立法委員総数(113議席)の2分の1以上の発議と、②3分の2以上の決議により可決されたのち、司法院大法官(定員15人)の審理に付され、③現任の大法官総数の3分の2以上の同意をもって成立を宣告した場合、直ちに失職する。現状は①を通過したところで、最大野党国民党52議席と台湾民衆党8議席を合わせて60議席と過半数の57議席は超えるものの、3分の2を超える75議席には届かず、野党主導の弾劾案は不成立となる公算が大きい。

倒閣(内閣不信任)は与党に望ましい展開

弾劾のほかに野党側が有する対応策は「倒閣(行政院長に対する不信任)」である。行政院長に対する不信任は、憲法の規定により立法委員総数の3分の1以上の署名で提出でき、過半数の賛成で可決となる。

これなら、野党側は半数を超える現有の議席数で実行可能であり、弾劾よりは実効性があるはずだが、野党側に「倒閣」を求める声は大きくない。なぜならば、不信任案可決の際に行政院長は10日以内に辞職しなければならないが、同時に総統に立法院解散を求めることもできるためだ。つまり、たとえ行政院長に対する不信任案を可決しても、総統によって新たな行政院長が任命されるか、場合によっては頼総統が立法院の解散総選挙を決断する可能性もある。

内閣不信任決議が可決された際には総統に議会の解散権がある。台湾の政治体制が比較政治学上の「半大統領制」と言われる所以(ゆえん)である。この場合、立法院の解散・総選挙をしても、総統選挙が行われるわけではないので、頼政権はその後も続く。したがって、たとえ総選挙の結果、野党が議会の多数派を維持できても、議席の3分の2を超える大勝利を収めなければ、結局は新たな行政院長が総統と連名の副署(次節)を拒否する限り、野党主導で可決された法案が公布されることはない。一方で、与党の民主進歩党(民進党)にとっては、内閣不信任可決による立法院総選挙で議会の過半数を取り戻すチャンスに賭けることができる。したがって現状過半数の議席を有する野党にとっては得るものはなく、むしろ与党や政権支持者の側が反対に野党に対して「倒閣」を求めるというねじれた構図になっている。

行政院長による副署拒否の経緯

今回の弾劾の発議を決定的にしたのは、行政院長(首相に相当)・卓榮泰による野党提出法案への「副署拒否」である。争点となったのは、地方財政配分の仕組みを変える「財政収支区分法」の再修正法案で、立法院は2025年11月に本会議で可決していた。

行政院はこれに対し再審議(=覆議)の要求などの制度的手段による抵抗をしたものの、野党主導の立法院が再審議を否決したため、卓行政院長が12月15日に「憲政秩序の擁護」と題する記者会見を開いて副署拒否を表明。それによれば、「立法院による財政収支区分法の改正は、審議過程と内容が民主主義の原則と権力分立に反し、行政院の予算編成権を侵害する重大かつ明白な違憲である」とし、憲法第37条が定める行政院長の「副署権」という法にもとづいた対応だと説明した[2]。

行政院長による副署拒否は、政府が議会で成立した法律の公布を差し止めるという異常事態であり、野党は強く反発した。民衆党主席の黄国昌は、「頼清徳と卓栄泰は台湾の民主憲政を踏みにじり、憲政史に汚名を残した」と批判し、国民党立法院議員団書記長の羅智強も、「副署も執行もしないのであれば立法院の存在意義がなく、行政独裁だ」と非難している[3]。

副署拒否は憲法違反の可能性

今回の政治的混迷の根本的な原因は、民主化にともなう制度改革による半大統領制への移行過程で生じた制度的矛盾にある。こうした制度的矛盾のもとで、与野党双方が制度的権限を濫用(らんよう)することで憲政秩序を機能不全に追い込みながら、互いに「自分こそ憲法を守っている」と主張し合うジレンマが生じている。

まず、行政院長の副署拒否という今回のやり方は、結論から言えば違憲の疑いがある。確かに中華民国憲法には、「総統は法律を公布し、命令を発するにあたり、行政院長の副署を要する」と定めている(憲法37条)。行政院長の副署とは、総統が法律を公布する際に行政院長が共同で責任を負う仕組みと言えるが、行政院が立法院を牽制(けんせい)することを想定した制度ではない。実際、李登輝総統期の1990年代に、当時の総統府参軍長・蔣仲苓の人事案が、行政院長であった郝柏村の副署を得られなかったことがあるものの、現行の半大統領制が整備された1997年以降、行政院長による副署拒否は一度も発動されたことはない。

1991年に公布された憲法追加修正条文第3条の規定は、行政院が立法院に送り返した再審議の法案が立法院で再可決された場合に、行政院長が当該決議を受け入れる義務を明記している。したがって副署拒否により法案公布を阻害するのは違憲的行為だという批判は免れない。行政院側は、立法院が可決した違憲法案に署名することは行政院の違憲行為になってしまうため、副署を拒否せざるを得ないという論理を主張しているが、法案が違憲かどうかを最終的に宣告するのは憲法法廷(憲法裁判所に相当)であり、行政府が「違憲だから署名できない」として総統による法律の公布を差し止めるのは、司法権を侵すことになる。

副署制度の経緯―議院内閣制的な要素の残存と変質

中華民国憲法は元来、政治体制としては議院内閣制の制度設計だったが、民主化の過程で進んだ数度の憲法改正を経て、直接投票で選ばれる総統と、議会の信任にもとづく首相が共存する半大統領制と称されるような体制へと変化してきた。1994年の第三次憲法改正で総統・副総統の直接選挙が導入され、97年からの第四次憲法改正では立法院の権限として、行政院長任命に対する人事同意権が削除される代わりに、行政院長の不信任を決議する権限が追加され、不信任決議の可決時に総統による立法院解散権も追加された。

行政院と立法院の間の抑制と均衡の制度として中華民国憲法が整備しているのは再審議(覆議)の手続きであるが、半大統領制への制度改革の中でこの制度も変質した。もともと憲法57条には、「行政院長が再議決(出席の3分の2維持)の結果を受け入れない場合は辞職しなければならない」という規定があった。しかし、97年の追加修正条文第3条が「再審議時に、立法委員総数の2分の1以上が原案維持を決議すれば、行政院院長は当該決議を受け入れなければならない」と規定したことで、旧憲法57条の辞職規定は適用されなくなり空文化した。これにより、立法院による再議決のハードルが下がった一方で、行政院長は立法院と対立しても辞職する必要がなくなってしまった。

このように現在の台湾の制度は、行政院長が総統と立法院の双方に責任を負う二重の責任構造を持つと解釈でき、権限と責任の所在が曖昧になりやすいという構造的問題を抱えている。現行憲法の追加修正条文では、行政院が立法院に対して責任を負う仕組み(追加修正条文第3条第2項)を維持しつつ、行政院長を総統が立法院の同意なく任命できる制度設計(同条第1項)を採る。

こうした構造下で発生したのが、今回の行政院長による副署拒否である。再審議制度が形骸化してしまい、辞職義務も負わない行政院長が、総統の意向を受けて法律への副署を拒否することは、事実上、総統に「法案拒否権」を与えるに等しい。

この点について、司法院のこれまでの憲法解釈を確認しよう。台湾の現行の政治体制は、もともと議院内閣制を採用していたものが民主化にともなう憲法改正を経て、現在では大統領(総統)制と議院内閣制の双方の特徴を兼ね備えている。行政院については立法院に責任を負うのみならず、総統と行政院長の間にも相互に牽制(けんせい)する関係が存続していると解されて、「副署」もそうした牽制機能の中に位置付けられてきた(憲法解釈令419号、627号、735号)。つまり、これまでの憲法解釈では行政院長の「副署権」は行政院による「総統への牽制」とされてきたにもかかわらず、現状の政治過程では、総統と行政院長が一体となって立法院を牽制する構造となってしまっている。本来、総統の権力を抑制するために存在したはずの行政院長(およびその副署権)が、総統の任命権の下でその独立性を弱め、制度解釈上の理念とは反対に、総統の意向を貫徹し立法府の立法行為を封じるための道具として機能してしまっているのが実情である。

副署拒否がもたらす憲政上の問題

今回の行政院長の副署拒否に対する台湾世論は二分している。台湾民意基金会の2025年12月19日公表の世論調査[4]では、「卓榮泰が財政収支区分法の修正案への副署を拒否したこと」への賛成39.2%、反対42.8%、意見なし18.0%となっている。副署拒否を支持する側は、野党主導の立法院が強行採決を繰り返し、行政権を侵害する「違憲」立法を乱発しているのだから、行政院が対抗手段を講じるのは当然だと主張する。一方、野党を支持する側は、議会で成立した法律の公布を行政府が差し止めるのは民主主義の根幹を揺るがすと批判する。

問題は、副署拒否という手段が一度行使されたことで、今後の政権運営に重大な前例を残した点にある。将来、与野党の立場が逆転した場合にも、行政院長が立法院の法案を副署拒否で封じることが正当化されかねない。副署権の本来の機能が「総統への牽制」から「立法院への牽制」へと変質したまま定着すれば、台湾の半大統領制は、議会多数派と行政府が対立するたびに立法機能が停止するという構造的な脆弱(ぜいじゃく)性を抱え続けることになる。

本来、立法院が可決した財政収支区分法の合憲性や行政院の副署拒否が違憲かどうかを判断すべきは司法院の憲法法廷である。そして立法院で発議された今回の総統弾劾案も立法院での議決が万が一にも可決された場合は、やはり最終的に司法院大法官が憲法法廷で審理し、現任大法官の3分の2の同意で総統弾劾が成立する仕組みになっている。ところが、その憲法法廷もまた、野党主導の立法院による憲法訴訟法の改正と大法官人事案の否決により、長期にわたり機能停止に追い込まれてきた。行政府と立法府がともに「相手こそ違憲だ」と主張し合う中で、憲法判断を下すべき司法府が麻痺(まひ)しているという制度的膠着(こうちゃく)状態が、目下、台湾の憲政危機の本質である。

[1]  「院総第 14号 委員提案第 11018101号」法院議案関係文書2025年12月24日(https://ppg.ly.gov.tw/ppg/download/agenda1/02/pdf/11/04/15/LCEWA01_110415_00008.pdf, 2026年2月15日最終閲覧、以下も同様)。

[2] 「卓揆宣布「不副署」財画法再修正版 捍衛憲法権力分立、堅守国民主権及民主原則、確保国家発展及財政穩健」行政院ニュースリリース2025年12月15日(https://www.ey.gov.tw/Page/9277F759E41CCD91/4cae91e8-e648-4e09-960d-841c5ddd128e)。

[3] 「政院不副署財画法 黃国昌:懸崖勒馬停止破壞権力分立」中央通信社2025年12月15日(https://www.cna.com.tw/news/aipl/202512150240.aspx,);「政院不副署財画法 藍:不会退卻将継続推民生法案」中央通信社2025年12月16日(https://www.cna.com.tw/news/aipl/202512160124.aspx)。

[4] 「行政院長拒絶副署立法院財画法修正案的民意反応」財団法人台湾民意基金会2025年12月19日。

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