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Commentary

頼清徳総統への弾劾手続きが映す台湾憲政の苦境
「副署拒否」で行政府・立法府・司法府が膠着状態に

平井新
東海大学政治経済学部特任講師
政治
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行政府と立法府がともに「相手こそ違憲だ」と主張し合う中で、憲法判断を下すべき司法府が麻痺しているという膠着状態が続いている。写真は頼清徳総統に対する弾劾案を立法院でアピールする野党議員ら。2025年12月24日(共同通信社)
行政府と立法府がともに「相手こそ違憲だ」と主張し合う中で、憲法判断を下すべき司法府が麻痺しているという膠着状態が続いている。写真は頼清徳総統に対する弾劾案を立法院でアピールする野党議員ら。2025年12月24日(共同通信社)

このように現在の台湾の制度は、行政院長が総統と立法院の双方に責任を負う二重の責任構造を持つと解釈でき、権限と責任の所在が曖昧になりやすいという構造的問題を抱えている。現行憲法の追加修正条文では、行政院が立法院に対して責任を負う仕組み(追加修正条文第3条第2項)を維持しつつ、行政院長を総統が立法院の同意なく任命できる制度設計(同条第1項)を採る。

こうした構造下で発生したのが、今回の行政院長による副署拒否である。再審議制度が形骸化してしまい、辞職義務も負わない行政院長が、総統の意向を受けて法律への副署を拒否することは、事実上、総統に「法案拒否権」を与えるに等しい。

この点について、司法院のこれまでの憲法解釈を確認しよう。台湾の現行の政治体制は、もともと議院内閣制を採用していたものが民主化にともなう憲法改正を経て、現在では大統領(総統)制と議院内閣制の双方の特徴を兼ね備えている。行政院については立法院に責任を負うのみならず、総統と行政院長の間にも相互に牽制(けんせい)する関係が存続していると解されて、「副署」もそうした牽制機能の中に位置付けられてきた(憲法解釈令419号、627号、735号)。つまり、これまでの憲法解釈では行政院長の「副署権」は行政院による「総統への牽制」とされてきたにもかかわらず、現状の政治過程では、総統と行政院長が一体となって立法院を牽制する構造となってしまっている。本来、総統の権力を抑制するために存在したはずの行政院長(およびその副署権)が、総統の任命権の下でその独立性を弱め、制度解釈上の理念とは反対に、総統の意向を貫徹し立法府の立法行為を封じるための道具として機能してしまっているのが実情である。

副署拒否がもたらす憲政上の問題

今回の行政院長の副署拒否に対する台湾世論は二分している。台湾民意基金会の2025年12月19日公表の世論調査[4]では、「卓榮泰が財政収支区分法の修正案への副署を拒否したこと」への賛成39.2%、反対42.8%、意見なし18.0%となっている。副署拒否を支持する側は、野党主導の立法院が強行採決を繰り返し、行政権を侵害する「違憲」立法を乱発しているのだから、行政院が対抗手段を講じるのは当然だと主張する。一方、野党を支持する側は、議会で成立した法律の公布を行政府が差し止めるのは民主主義の根幹を揺るがすと批判する。

問題は、副署拒否という手段が一度行使されたことで、今後の政権運営に重大な前例を残した点にある。将来、与野党の立場が逆転した場合にも、行政院長が立法院の法案を副署拒否で封じることが正当化されかねない。副署権の本来の機能が「総統への牽制」から「立法院への牽制」へと変質したまま定着すれば、台湾の半大統領制は、議会多数派と行政府が対立するたびに立法機能が停止するという構造的な脆弱(ぜいじゃく)性を抱え続けることになる。

本来、立法院が可決した財政収支区分法の合憲性や行政院の副署拒否が違憲かどうかを判断すべきは司法院の憲法法廷である。そして立法院で発議された今回の総統弾劾案も立法院での議決が万が一にも可決された場合は、やはり最終的に司法院大法官が憲法法廷で審理し、現任大法官の3分の2の同意で総統弾劾が成立する仕組みになっている。ところが、その憲法法廷もまた、野党主導の立法院による憲法訴訟法の改正と大法官人事案の否決により、長期にわたり機能停止に追い込まれてきた。行政府と立法府がともに「相手こそ違憲だ」と主張し合う中で、憲法判断を下すべき司法府が麻痺(まひ)しているという制度的膠着(こうちゃく)状態が、目下、台湾の憲政危機の本質である。

[1]  「院総第 14号 委員提案第 11018101号」法院議案関係文書2025年12月24日(https://ppg.ly.gov.tw/ppg/download/agenda1/02/pdf/11/04/15/LCEWA01_110415_00008.pdf, 2026年2月15日最終閲覧、以下も同様)。

[2] 「卓揆宣布「不副署」財画法再修正版 捍衛憲法権力分立、堅守国民主権及民主原則、確保国家発展及財政穩健」行政院ニュースリリース2025年12月15日(https://www.ey.gov.tw/Page/9277F759E41CCD91/4cae91e8-e648-4e09-960d-841c5ddd128e)。

[3] 「政院不副署財画法 黃国昌:懸崖勒馬停止破壞権力分立」中央通信社2025年12月15日(https://www.cna.com.tw/news/aipl/202512150240.aspx,);「政院不副署財画法 藍:不会退卻将継続推民生法案」中央通信社2025年12月16日(https://www.cna.com.tw/news/aipl/202512160124.aspx)。

[4] 「行政院長拒絶副署立法院財画法修正案的民意反応」財団法人台湾民意基金会2025年12月19日。

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