Commentary
高市発言に対抗する中国の「琉球地位未定論」
「台湾地位未定論」への意趣返し
さて一方、大陸の中華人民共和国政府は、「琉球」について主権請求や異議申し立てを公式に行ったことはなく、「琉球地位未定論」を前面には掲げたことはなかった。しかし、日中関係が悪化した際、一部の学者やメディアが、「沖縄返還は国際法的に不適切」などと「琉球領有懐疑論」を展開することがあった。このため、中華人民共和国政府が対日政策や台湾問題と絡め、戦略的に「琉球」カードを切る可能性は一貫して存在した。
沖縄問題に言及した習近平の談話
それがにわかに現実味を帯びてきたのは、中国の国営・新華通訊社(新華社)が2023年6月3日付で、習近平主席が6月1日に中国国家版本館を視察した際、明代の抄本『使琉球録』の展示品を視察した、と報じたことが契機となる(注3)。この『使琉球録』とは、明の冊封使(皇帝の特使)が琉球への「冊封」(国王の任命)任務の帰りに著した報告書の総称で、当時の琉球の国情や文化、地理などを記録している。1534年に陳侃(ちんかん)が記したものが現存する最古のものだと伝えられている。16世紀中期の琉球の政治・社会・文化を知る上で非常に貴重な一次史料であり、『中山伝信録』など後世の冊封使録の原型となったと伝えられている。
習近平主席は展示品を参観した際、「私が福州(福建省福州市)で仕事をしていた頃、福州には琉球館や琉球墓があり、琉球との交流の歴史が非常に深いことを知った。かつて、閩人三十六姓が琉球に渡ったこともあった」(注4)と語るなど、中国福建省と沖縄の深い歴史的なつながりを強調する談話を発表している。
香港メディア『星島日報』は2023年6月7日付の記事(注5)で、「この新華社のルポには、中国と琉球との歴史的なつながりを強調することで、釣魚島(日本では尖閣諸島、台湾では釣魚台の名称を使用)が中国の領土であるという主張を際立たせる意図がある」と指摘した。ただ、同記事は、習主席の発言そのものは、琉球に対する主権を具体的に主張するものではなく、あくまで歴史的淵源を強調したに過ぎないと解説している。
同記事ではまた、2013年5月8日付『人民日報』が掲載し中国社会科学院学部委員(当時)だった張海鵬氏と研究員(同)だった李国強氏の論考にも言及している(注6)。張海鵬氏と李国強氏は、当時大きな論争を引き起こした同論考で、1943年の「カイロ宣言」と1945年の「ポツダム宣言」に基づき尖閣諸島は中国に帰属すべきであり、歴史的に未解決の琉球問題についても再検討の余地があると主張した。日本政府は、この論考を「不適切だ」と批判し、中国政府の沖縄問題に対する関心のあり方と領有権主張の動きに警戒を強めるようになった。
『星島日報』の記事はさらに、日本が「台湾有事は日本有事」と強調する一方で、中国大陸の民間では琉球問題に対する関心が高まっていると強調している。中国社会科学院「院士」となっていた張海鵬氏は2023年5月14日、「琉球再議、議什麼(琉球の地位再議問題を提起すべきだ)」(注7)と題する文章を再び発表した。学術界の最高権威である「院士」となった張海鵬氏の発信は、中国当局の考えを代弁するものとして注目を集めた。
沖縄との関係に言及した習近平主席の2023年6月1日の談話は、習政権発足後初めて公式に沖縄問題に言及したものであり、日本側の強い関心を呼んだ。例えば、『読売新聞』電子版は、中国政府が沖縄問題を利用して日本を牽制しようとしているのではないかとの疑問を示した。沖縄県石垣市の地方紙『八重山日報』は、香港メディアの分析を引用し、中国政府がこのタイミングであえてこのニュースを報じた動機と意図について、「沖縄の主権問題への伏線ではないか」と論じた。