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Commentary

「九三閲兵」に込められた戦略的メッセージ
戦略的抑止外交と「体系の輸出」の意図

土屋貴裕
京都外国語大学共通教育機構教授
政治
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「九三閲兵」を通じて中国が示したことは、抑止をめぐる競争の主戦場が、個々の装備(点)から、それらを繋ぐネットワーク(線)、そして作戦体系全体(面)へと移行したことだ。写真は、観閲台に並んだ習近平国家主席(中央)とロシアのプーチン大統領(左)、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記。2025年9月3日(共同通信社)
「九三閲兵」を通じて中国が示したことは、抑止をめぐる競争の主戦場が、個々の装備(点)から、それらを繋ぐネットワーク(線)、そして作戦体系全体(面)へと移行したことだ。写真は、観閲台に並んだ習近平国家主席(中央)とロシアのプーチン大統領(左)、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記。2025年9月3日(共同通信社)

もっとも、この新たなシステム作りには、乗り越えるべき課題も少なくない。第一に、宇宙やサイバーといった目に見える「戦果」を挙げにくい部隊は、その貢献度を測ることが難しく、評価や人材育成の方法を間違えれば、名ばかりの「統合」部隊になりかねない。第二に、全部隊で情報を共有する「データ融合」は、機密管理の難しさに直結する。どこまでの情報を共有し、何を秘匿するのか、そのバランスを取るための現場の規律が不可欠となる。第三に、政治的な混乱などで兵器の調達が遅れてしまえば、頭脳である情報システムだけが進化し、実際に攻撃を担う「手足」が追いつかない、というアンバランスな状態に陥る危険性がある。

このように、「九三閲兵」が示したのは、領域拡張(宇宙・サイバー)、情報主導、無人・指向性エネルギー、および後方支援の統合という、中国版のネットワーク中心、データ中心の戦いのロードマップである。作戦の主戦場は、敵より速く・広く・深く情報を結合し、その結合を守り抜く場所へと移ってきている。その設計図を、旗と編隊と解説により示したことこそ、今回の閲兵式の核心的な意味である。ただし、今次の閲兵式は理想の武装力構成を美しく描いたものの、日常の演習や補給、維持の面で質を確保できるかは、今後の検証課題として残る[9]

無人化・高超音速・多層防空の同時提示:装備体系が描く運用アーキテクチャ

同時に「九三閲兵」は、三つの要素が連携する『未来の戦闘の設計図』を描いてみせた。すなわち、①無人兵器、②極超音速ミサイル、③多層的な防空システムである。その本質は、単に新兵器を陳列したことにあるのではなく、いかに情報を取得・分配し、誰がどのタイミングで何を攻撃するのかという運用思想そのものが可視化された点にある。

閲兵の映像と方隊の説明は、センサ(宇宙/早期警戒/無人)から指揮統制/情報融合(情報支援)、エフェクタ(高超音速弾・無人エフェクタ)の流れを意図的に描いており、戦術的には早期発見から意思決定、超高速打撃に至る時間軸短縮を狙ったものである。

第一に、無人化の役割は「感知の範囲拡大」と「低コスト飽和効果の実現」にある。空の偵察・打撃一体型UAVや無人僚機は、有人機に対するリスクを分散し、長時間の哨戒や敵の防空網の隙を突くことを担う。海上のUUV/USVと無人機雷は、海上通行路の形状変更や接近阻止に使える非対称手段であり、有人艦艇の露出を減らすことで作戦持続性を高める。陸地では偵察・爆発物処理・支援型UGVが歩兵戦闘のいわゆる「最後の100メートル」を自動化することで損耗低減を図る。これら無人プラットフォームは、情報支援部隊が提供する低遅延のリンク網と結合して初めて効果を発揮する。

第二に、極超音速兵器群は、無人プラットフォームが生成するターゲットデータを最短時間で打撃に結び付けるものである。極超音速ミサイルは迎撃困難で、防空密度の薄い瞬間や指揮統制ネットワークの一部を破壊できるため、無人機が発見した艦載ヘリ格納庫や範囲攻撃補給艦、指揮車列などの高価値の目標に対する即時抑止・即時打撃のオプションを提供する。極超音速攻撃を提示したことは、まさにA2/AD(接近阻止・領域拒否。敵軍の接近や行動の自由を妨げる)構想の攻撃側の補完を明確に示している。

第三に、多層防空システムの提示は、これら攻撃資産を守るための防護設計を同時に示した点で重要である。紅旗-20/19/29 等を含む多段多層の防空システムは、様々な高度から迫る脅威に対応する。例えば、UAVや巡航ミサイルは低・中高度で、高速滑空ミサイルは高高度でそれぞれ迎撃する。さらに、このシステムは衛星攻撃能力まで備えていることを示唆している。攻撃側の極超音速ミサイルや無人機群に対して、単一手段では対処困難な事態を想定し、レーザー等の指向性エネルギーや高出力マイクロ波兵器と合わせることでコストを抑えつつ持続的に迎撃する設計思想が垣間見える。

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