Commentary
                                「九三閲兵」に込められた戦略的メッセージ
                                
                                    戦略的抑止外交と「体系の輸出」の意図                                
                            
                            
                            
                            
                            
                                
                                2025年9月3日、北京の天安門広場で開催された「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年記念式典」において、閲兵式(通称「九三閲兵」)が行われた。これは軍事力を通じて国家の意思を可視化し、中国の国際社会における立ち位置と安全保障戦略を内外に示す、高度な「戦略的コミュニケーション」の舞台であった。
「九三閲兵」:隊列・演説・来賓の配置が発したシグナル
記念式典における習近平国家主席の演説は、「世界は平和か戦争かの選択に直面している」という文言で始まり、中国が「平和発展の道」を堅持すると同時に、「中華民族の偉大な復興」を阻むいかなる力にも屈しないという決意を明示した[1]。この構成は、「平和」と「抑止」という二つのメッセージが同居しているのが特徴だ。これは、反ファシズム戦争の勝利という歴史的な正当性を盾に、自国の軍備拡張を正当化する狙いが透けて見える。
また、この式典には、隊列の構成と来賓の配置という二重の視覚的メッセージが組み込まれていた。まず、45個の方隊(閲兵行進などで展開する、正方形の隊列)のうち、最初に通過したのは礼砲を伴う旗隊と核の三位一体(空・海・陸)の戦略ミサイル方隊であり、抑止力こそが国家存立の柱であることを象徴的に示した。また、陸・海・空・ロケット軍の4軍種に加え、新たに軍事宇宙、ネット空間、情報支援、聯勤保障の4兵種、さらに武装警察・民兵・予備役を加えた統合的な動員構成が天安門広場を通過したことは、国防体制が軍事・準軍事・民間の全域に拡張していることを印象づけた[2]。
この形式は単なる軍事力の誇示ではなく、社会全体を包含する安全保障概念の視覚化であり、いわば習近平政権が掲げる「総体国家安全観」をセレモニーの形式で表現したものに他ならない。
もう一つの強い信号は、観閲台の構成である。習近平の左右にプーチン露大統領と金正恩朝鮮労働党総書記が並び(表紙写真)、正面には中央アジア、東南アジア、中東、アフリカの首脳たちが列席した[3]。この空間構成は極めて政治的であり、欧米の主要国が不在の中、「反西側」という構図を避けつつ、中国が「多極的な支持」を得ていることを可視化するよう周到に計算されており、中国を中心に、ロシア・北朝鮮を両翼に据え、中央ユーラシアからアフリカに至るグローバル・サウス諸国が後列に広がるという図は、「西側に対抗し得る秩序連合」の存在を象徴的に描き出そうとする「政治劇」であった。
このパレードは、国内に向けた「忠誠と近代化」の表明、非西側諸国への「外交的アピール」、そして米国同盟国への「軍事的抑止」という三つの目的を同時に達成するものであった。それは、戦わずして戦略的優位を確立しようとする、中国版「戦略的抑止外交」の核心を示す場であった。
もちろん、このパレードを単なる国内向けの権威付けや、技術的な過信の表れと見る向きもあろう。しかし、装備の体系性、来賓の配置、そして演説内容までが一貫して『システムとしての対外提示』を志向している点を見れば、その狙いが国内向けに留まらない、より大きな戦略的意図に基づいていると解釈するのが妥当である。
閲兵式は「抑止のための演出」であり、その抑止効果は兵器の性能よりも観測者の認識に依存する。映像化された核ミサイルの列、精密な隊列、指導者と来賓の立ち位置、その全てが「誰に、どのようなメッセージを送るか」という政治的デザインの中に組み込まれている。
この意味で「九三閲兵」は、中国が軍事力を外交的資本として用いる成熟した段階に到達したことを示している。国家の威信を高める儀礼であると同時に、平和と抑止を同時に語ることで、国際世論を分断し、潜在的な非西側連合における指導的地位を確立する。つまり、パレードの主目的は戦うためではなく、戦わずして戦略的優位を確立することであり、これこそが中国版「戦略的抑止外交」の核心である。