Commentary
習近平政権下で「抗日戦争」研究はどう変わったのか
専門誌の分析から浮かび上がる両義性

両義的な結果は何を意味するのか
習近平政権は、自身の政治的言説が、抗日戦争に関する研究にも反映されるべきことを主張した。しかし、『抗日戦争研究』を対象とした内容分析が示すところによれば、その結果は現状、両義的である。
第一に、共産党を主題として取り扱う研究論文の比率が顕著に増加する、という結果にはなっていない。ただし、第二に、軍事建設や作戦、および国際情勢に関連するイシューを扱う研究が増加していること、および国民党よりは共産党を、抗日戦争の主たる担い手として位置づける議論が増えている。すなわち、現状において変化は、量的よりは質的に観察できる。
両義的な結果は、中国の学術界(アカデミア)が一定程度の自律性を保っていることを示している。これは、政権の要求に応える必要を感じつつも、学者としての矜持(きょうじ)を保とうとする研究従事者たちの葛藤の結果であるのと同時に、政権の側が抱えるジレンマの結果でもあるのだろう。政治的指導者は、社会科学の研究者に対し党のプロパガンダに与(くみ)することを期待するのと同時に、研究者に対する管理を過剰に強めることでその不満が党に向かうことを回避せねばならない。それゆえ、研究者たちがそれぞれの学問的関心に従って探究を深めることへの直接干渉を手控えることでバランスを保っているのではないか。
むろん、この暫定的かつ初歩的な結論は、『抗日戦争研究』という一雑誌の検証によって得られたものに過ぎず、編集方針や査読採択水準の異なる雑誌を含めた内容分析により異なる結果が得られる可能性はある。因果関係の証明を含め方法論的にも大いに改善の余地があろう。また、より長期的な分析によって結論を修正する必要性も生じうる。とりわけ、新たな歴史解釈に沿った研究に集中的に資金が投入される状況が顕著にかつ長期間続くのであれば、潮流は徐々に変化していくことになろう。引き続き注視していくことが必要である。
[1] 「習近平:譲歴史説話用史実発言 深入開展中国人民抗日戦争研究」『新華網』2015年7月31日。
[2] この点は、川島真「中国共産党百周年・習近平演説をどう読むか―「(新)四史」と台湾―」『交流』第966号(2021年9月);川島真「習近平政権の歴史政策―馬工程と四史」日本国際問題研究所『歴史系検討会論文集』、2022年3月に詳しい。
[3] 現在はこれに中華民族発展史が加わり、「五史」として知られる。
[4] 川島、前掲論文(2021年)、3頁。
[5] 「中辦印発《通知》在全社会開展党史、新中国史、改革開放史、社会主義発展史宣伝教育」『人民日報』2021年5月26日。
[6] この点は、ラナ・ミッター『中国の「よい戦争」―甦る抗日戦争の記憶と新たなナショナリズム』(関智英監訳、濱野大道訳)みすず書房、2022年;大澤武司「習近平政権の対日外交と歴史問題―『南京事件』追悼の国家公祭化に関する初歩的考察の『草案』―」日本国際フォーラム、2021年10月31日に詳しい。
[7] たとえば、習近平「在紀念中国人民抗日戦争曁世界反法西斯戦争勝利69周年座談会上的講話」(2014年9月3日)『人民日報』2014年9月4日。
[8] 分析のためのソフトウェアとして、KH Coderを用いた。KH Coderは、プログラミング不要の比較的簡便なテキスト分析のソフトとして定評があり、すでに6000件以上の研究で利用されている。
[9] ミッター、前掲書、90頁。
[10] 「研究性論文」は、査読を経て掲載された論文であり、本文のほか「概要」や「キーワード」が記載される。なお、外国籍研究者や外国機関に在籍する研究者の論文は、本稿の目的には適さないため、分析対象から省いている。
[11] 分析上の利便性のため、すべての論文にほぼ共通して頻繁に登場する(すなわち、論文ごとの異なりを測るうえでノイズとなりうる)「中国」「日本」といったワードや副詞をあらかじめ排除している。
[12] 教授クラスには、大学教授のほか、社会科学院などの研究員などが含まれる。准教授・講師クラスには、研究所の副研究員、助理研究員などが含まれる。
[13] 江藤名保子「習近平政権における世論統制の方針」『China Report』Vol. 3(2016年7月)〈https://www.jiia.or.jp/column/ChinaReport03.html〉2024年9月23日閲覧。