Commentary
習近平はどのように「個人支配化」を進めたのか
反腐敗闘争で政敵排除、毛沢東に並ぶ「領袖」へ
2021年の中国共産党結党100周年に際しては、歴史上3つ目となる「歴史決議」を採択した。1945年に毛沢東が中心となって採択した「歴史決議」は陳独秀や王明など歴代指導者の誤りを総括し、毛沢東の指導的地位を正当化する文書だった。1981年に鄧小平が中心となって採択した「歴史決議」は文化大革命の誤りを総括し、それを克服した鄧小平の指導的地位を正当化する文書だった。習近平による「歴史決議」は1989年の六四天安門事件などを総括することなく、党の100年の栄光の歴史を讃える文書となった。しかも、江沢民と胡錦濤の時代を改革・開放の延長線上に位置づける一方で、自らの治世を「新時代」として、毛沢東、鄧小平と並べた。中国では、歴史を語る力を持つ者こそが権力者である。習近平は党の歴史を自らの意に沿って語ることで、自らの権力を見せつけた。
2022年の党大会に向けては、「2つの確立」、すなわち「習近平の核心的地位と習近平の思想の指導的地位を確立する」ことが唱えられ、党規約に盛り込まれると予想されたが、それは実現しなかった。また、同時に「人民の領袖」という尊称も公式的に採択されるとの見方もあったが(注14)、それも実現しなかった。中国共産党史上、「領袖」と呼ばれたのは「偉大な領袖」だった毛沢東と「英明な領袖」と一時期呼ばれた華国鋒の2人のみである。習近平が「領袖」としての地位を獲得すれば、毛沢東に並ぶこととなる。現状、党の正式決定は行われていないものの、党のメディアでは頻繁に「人民の領袖」が使われている状況である(注15)。今後、この尊称が正式に付与される可能性は十分にある。
習政権は少なくとも2032年までは続く
習近平の指導的地位は現在のところ、動揺を見せていない。また、2027年の党大会時に退任する気配もない。習近平政権が今後長期にわたって続く可能性が高いことを前提として、今後の展望としていくつか重要な論点を挙げておきたい。
第1に、党主席の役職について。習近平は、1つずつハードルを乗り越えて、ここまで権力を強化してきた。残る最大のハードルは党主席の復活である。党主席は総書記に比べても、広範な権限を有し、高い権威を誇ると考えられている。習近平は果たして党主席になるのか、なるとすればそれはいつになるのか。この点は今後の中国のエリート政治で最も注目される点となるだろう。
第2に、習近平はいつ退任するのか。2期10年という従来の慣習は打破された。もはや習近平が終身最高指導者となることを止めるメカニズムはない。筆者は従来、習近平が終身指導者になるという見方に対しては慎重な立場である(注16)。それは習近平にその意志がないと主張しているのではなく、依然として終身制のハードルは高いと考えているからだ。
個人支配化が進んだことで、習近平の政策過程における役割が一層高まり、政策の硬直化リスクは高まっている。政策が失敗すれば、その責任を取らなければならない。また、敵対勢力はいなくなったものの、習近平派が巨大になったゆえ、内部分裂のリスクも高まっている。さらに、権力交代のタイミングが流動的になったため、かつて毛沢東や鄧小平も悩まされた後継者問題も大きなリスクとして浮上する。現状、中国は内外に多くの課題を抱えており、潜在的な不満も決して小さくはない。それらをはねのけ、権力闘争に勝利し続けなければならない。生命の最後の瞬間まで、自らの地位を守ることは容易ではない。しかし、現状、習近平政権は動揺しておらず、大きな問題が生じなければ、少なくとも2032年までは続くだろうというのが広く共有されている見方だ。
習近平の権力強化、個人支配化が進むにつれて、中国の政治は予測可能性を低下させている。しかも、デジタル化とグローバル化の時代でありながら、中国は情報公開に消極的であり、さまざまな理由によって、外国との交流(とくに学術交流)が減っている現状もある。中国を知ることは一層難しくなっている。しかし、国際社会、国際政治における中国の重要性は否定しえない。観察者は、冷静かつ客観的に中国の現状に注視し、その内実を理解する努力を続けなければならない。
(注1)習近平「緊緊囲繞堅持和発展中国特色社会主義 学習宣伝貫徹党的十八大精神」『習近平談治国理政』北京、外文出版社、2014年、16頁。
(注2)習近平「把権力関進制度的籠子里」『習近平談治国理政』388頁。
(注3)高田正幸「中国、公安幹部ら粛清 体制引き締め活発 前司法相失脚」『朝日新聞』2021年10月4日。
(注4)「王岐山的知青歳月:与習近平交好 同蓋一床被子」鳳凰網、2013年9月8日(http://hb.ifeng.com/news/focus/detail_2013_09/08/1198995_2.shtml)。習近平自身も、王岐山のことをよく知っていると過去の回顧文で述べている。習近平「我是黄土地的児子」『西部大開発』2012年第9期、112頁。
(注5)Dan Slater, “Iron Cage in an Iron Fist: Authoritarian Institutions and the Personalization of Power in Malaysia,” Comparative Politics, Vol. 36, No. 1, 2003, pp. 81-101.
(注6)Kenneth Lieberthal and Michel Oksenberg, Policy Making in China: Leaders, Structures, and Processes, Princeton: Princeton University Press, 1988.
(注7)角崎信也「習近平政治の検証④:集権のジレンマ 習近平の権力の現状と背景(下)」日本国際問題研究所、2018年2月16日(https://www.jiia.or.jp/column/ChinaReport09.html)。
(注8)Javier C. Hernández, “China’s ‘Chairman of Everything’: Behind Xi Jinping’s Many Titles,” The New York Times, 25 October 2017 (https://www.nytimes.com/2017/10/25/world/asia/china-xi-jinping-titles-chairman.html)
(注9)トップレヴェル・デザインについては、角崎信也「「頂層設計」師としての習近平― 中央全面深化改革領導小組/委員会を焦点としたその制度分析」『東亜』2021年12月号、76-83頁を参照。
(注10)ただし、中央国家安全委員会、中央外事工作委員会など活動の実態が見えない組織も多く、改革の成果は現状では評価できない。李昊「習近平政権における党の領導の「強化」」日本国際問題研究所編『習近平政権研究』日本国際問題研究所、2023年、15-26頁を参照。
(注11)「向党中央和習近平総書記述職」新華毎日電訊、2023年3月3日(http://www.news.cn/mrdx/2023-03/03/c_1310701345.htm)。
(注12)高原明生「中国の幹部選抜任用制度をめぐる政治」加茂具樹、林載桓編著『現代中国の政治制度 時間の政治と共産党支配』慶應義塾大学出版会、2018年、131-148頁。
(注13)冨名腰隆「習氏崇拝、批判が噴出 党宣伝部、直接的な礼賛を抑制」『朝日新聞』2018 年 8 月5 日、延与光貞「習指導部、強国宣伝を修正 党内の不満抑え込む 北戴河会議終了」『朝日新聞』2018年8月18日。
(注14)『一個領袖至関重要』料成宣伝定式」『明報』2022年7月12日。
(注15)例えば、「人民領袖 実幹家習近平」人民網、2023年8月9日(http://www.xinhuanet.com/politics/2018lh/xjplhsj/index.htm)。
(注16)李昊「3期目をにらむ習近平集権体制の不安―中国」『e-World premium』2020年4月号、20-23頁。