Commentary
習近平及びその時代をどう理解するか
2025年以降の政治的「地殻変動」に備えるために

「機を見るに敏」の指導者
第2に、〈「機を見るに敏」の指導者〉と言えた。これは上で触れた政敵打倒の時にも十分に使われた。そして「腐敗汚職反対」を掲げ、大々的なキャンペーンを繰り広げ、ライバルと見られていた主要な政治指導者を失脚に追いこんでいった。江沢民派の周永康(公安、石油派のトップ)、徐才厚・郭伯雄(ともに中央軍事委員会副主席)、孫政才(重慶市党書記)、令計画(胡錦濤系・共青団)らに容赦のない鉄槌(てっつい)が下された。そして2017年の第19回共産党全国大会までに、ほぼ習近平独裁体制を固めるに至った。
「決断力と実行力」を兼ね備えたリーダー
第3に、〈「決断力と実行力」を兼ね備えたリーダー〉である。「大きな虎も小さなハエも徹底的にやっつける」との主張は、反腐敗闘争の時の習近平の有名な言葉であった。ちょうど反腐敗闘争が盛り上がりつつある時、鋭い社会批評を行っていた文化人・梁曉声が、習近平の反腐敗への取り組みは、断固としたもので本物であると称(たた)えた一文を発表している(『朝日新聞』2015年8月7日)。コロナ拡大期の「ゼロコロナ政策」決定の時も、強い決断力を持って全国主要都市に向けて強力に一斉にロックダウンを実施し、コロナの拡大を押しとどめようとした。さらには「ゼロコロナ政策」からの転換の時にも「機を見るに敏」と「決断力と実行力」を合わせた特徴がよく表れている。上海では厳しいロックダウンの実施によってゼロコロナ政策を厳格に推進していたが、地方財政は逼迫(ひっぱく)し、庶民生活は困窮する事態となり、不満が爆発寸前の状態であった。習近平が「ゼロコロナ政策」の放棄を決断したのは、このタイミングを捉えての時であった。まさに「機を見るに敏」の特徴であった。
派閥の形成
第4に、〈習近平派閥の形成〉である。ではもともと基盤の弱かった習近平は、どのように自らの派閥を形成していったのか。「圏子(チュエンズ)」という伝統的な人々のつながりを重視する考え方がある。圏子内の人間とみなされた人々には特別な配慮が示され、圏子外の人々に対しては敵もしくは利用すべき対象として徹底して対応する。多くの中国人にも共通しているが、習近平の場合は特にこの傾向が強く見られる。党の主要人事など、これまでの実績などほとんど無視し、自分との距離感を最優先して人事が決められるという傾向が特徴的であった。とりわけ福建・浙江・上海での活動の中で形成された人脈は重要であった。特に第20回共産党大会では政治局常務委員には李強、蔡奇、黄坤明、何立峰ら習近平チルドレンと言われる人々の露骨な大抜擢(だいばってき)が目立った。付言すれば、李強は、本来ならば上海で陣頭指揮を執ったコロナ政策の失敗の責任を取らされ辞任しても不思議ではなかった。しかし習にとって忠実な側近であった李強は、圏子内の人間として守り抜かれ、それどころか20回党大会では、党内ナンバー2として総理のポストにまで上り詰めた。李強と習近平の関係について、『習近平研究』の中で鈴木隆は、両者の関係は「相当に親密であり、経済社会政策に関して、習近平は李強の意見や提案をかなりの程度受け入れている可能性がある」(435ページ)と指摘している。