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Commentary

習近平政権下での愛国主義の変質とその影響
根拠のない自国礼賛と優越感が広がる

李昊
東京大学大学院法学政治学研究科准教授、日本国際問題研究所研究員
政治
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現実の中国には多くの問題があるにもかかわらず、それらから目を背け、大国意識を強めて、自らの優越性を過剰に主張する傲慢さが広まっている。写真は北京市内に掲げられた、簡体字で「愛国」と書かれたスローガン。2023年12月21日(共同通信社)
現実の中国には多くの問題があるにもかかわらず、それらから目を背け、大国意識を強めて、自らの優越性を過剰に主張する傲慢さが広まっている。写真は北京市内に掲げられた、簡体字で「愛国」と書かれたスローガン。2023年12月21日(共同通信社)

「愛国主義」は中国を語る上で欠かせないキーワードの一つである。習近平は「中華民族の偉大なる復興」を繰り返し強調し、愛国主義やナショナリズムを自らの統治の正統性の柱に位置付けている。しかし習近平政権においてナショナリズムは胡錦濤政権と異なる様相を見せている。

中国ナショナリズムの三つの側面

日本において、中国のナショナリズムといえば、2005年4月や2012年9月の大規模な反日デモが深く印象付けられている。日本企業の工場が打ち壊しの憂き目に遭い、中国人が所有する日本車が燃やされる等、蛮行の数々は多くの日本人に深いショックを与えた。このような激しいナショナリズムの背後には、中国が近代の帝国主義列強による侵略の被害者であるという認識がある。この被害者意識に基づくナショナリズムは敵対勢力に対する抵抗を重視している。これが中国の「被害者ナショナリズム」である。

同時に、中国は第二次世界大戦の戦勝国でもある。今日の国連安保理常任理事国としての地位は、この歴史的な経緯を根拠としている。勝者としての地位は、中国が歴史的に正しい側にいるという誇りを中国人にもたらし、中国が大国であることを示している。そして、その大国としての地位にふさわしい強さを持つべきことも含意されているのである。すなわち中国の「大国ナショナリズム」である。

さらに、ナショナリズムは必ずしも戦争の歴史や記憶と結び付いたものとは限らない。悠久の歴史や豊穣(ほうじょう)なる文明こそが中国の愛国主義のもう一つの柱である。諸子百家の思想や四大発明(紙、印刷、火薬、羅針盤)、美しい芸術品の数々など、華やかな文明は中国人の自信の源である。そうした文化への愛着は、自分たちが属する民族と密に結び付き、「中華民族」の偉大さを強調する、中国の「文化・民族ナショナリズム」へとつながっていく。

「中華民族の偉大なる復興」

江沢民政権期から胡錦濤政権期にかけて、中国社会を支配していたのは、被害者ナショナリズムであった。反日デモ、反英デモ、反米デモ、反仏デモなど、排外主義的な大規模抗議活動が頻発した。これらのデモは政府によって管理されており、場合によっては煽動された面もあったが、多くの若者が自発的に参加したこともまた事実である。

しかし、習近平政権発足(2012年11月)以後、大規模な反外国デモは全く発生していない。もちろん、諸外国と対立がやわらいだわけでもなければ、大衆から排外主義が消えたわけでもない。安全と秩序を重視する観点から市民による自発的な集会を嫌う習近平政権がデモを黙認せず、厳しく抑え込んでいるものと推察されるが、同時にそれは習近平が被害者ナショナリズムと距離を置いていることをも示している。

就任直後から習近平は「中国の夢」に言及し、「中華民族の偉大なる復興」をその政権運営の目標とした。ナショナリズムに依存した政権であることは明らかだが、前任者たちとうってかわって、大国ナショナリズムと文化・民族ナショナリズムへの傾斜が見てとれる。2015年9月、抗日戦争勝利70周年の軍事パレードを北京で開催し、戦勝国としての中国を内外にアピールした。「中国のストーリーをよく伝える」、「話語権」(発言権、ナラティブを支配する権力)などが強調され、大国としての影響力を高めることに熱心である。加えて、習近平はソフトパワーにも強い関心を示しており、「文化強国」の建設を指示し、中国の文化、歴史を大々的にアピールしている。習近平にとって、中華文明は常に世界の中心で華やいできたのであり、自らの指導の下で、中国は本来あるべき地位を取り戻すのである。だからこそ、中華民族の偉大なる「復興」が目指されるのである。

歪んだナショナリズム

確かに、習近平政権下における「愛国主義」の変質によって、大規模なデモはなくなった。しかし、中国の人々の心の中から被害者意識がなくなったわけでもなければ、愛国心の表現方法がより文明的になったわけでもない。

まず、今日の中国では根拠のない自国礼賛が蔓延している。中国の総合国力はすでにアメリカを抜いたと主張する研究者が現れ、若者が海外の観光地で現地とは無関係な漢服(漢族の伝統衣装)を着て中国文明をアピールする場面も多々現れている。現実の中国には多くの問題があるにもかかわらず、それらから目を背け、大国意識を強めて、自らの優越性を過剰に主張する傲慢(ごうまん)さが広まっている。

また、「国家安全」(ナショナルセキュリティ、国家安全保障)の過度な強調もこの文脈に位置付けることができる。自国の素晴らしさを強調し、自信を深める一方で、外国に対する不信感が高まっている。外国企業や外国資本に対する管理が強められ、外国人の拘束も相次いでいる。今や外国人研究者やジャーナリストが中国でフィールドワークしたり、取材したりするのも困難となっている。

厳しい統制は、外国人のみに向けられているわけではない。「中華民族」の名の下での国家統合が強化され、少数民族社会は激変している。新疆における人権侵害は広く知られているが、ウイグル族に限らず、多くの少数民族は独自の生活様式や言語、文化を否定され、漢族社会や文化への統合を強いられている。少数民族社会の不満が蓄積され、長期的には国家統合に大きな負の影響を及ぼすものと思われる。

増幅する排外感情のゆくえは

市民の排外感情に目を向けると、今では大規模なデモが発生せずとも、外国に対する不満を外交官たちが代弁してくれるようになった。諸外国との相互理解、友好を深めるための外交官の中に、「戦狼」(けんか腰の外交姿勢を表す用語)と化して自国の立場を宣伝し、ウェブ上やメディアで激しい言葉を使って外国を批判する者が多数現れている。外交官にはふさわしくない品のない言動も散見され、中国に対するネガティブな印象が広まっているが、内向き思考に支配された外交官たちは気にするそぶりもない。

ウェブ上では相変わらず過激なヘイト言説が野放しとなっている。特にSNSの発展によって、ユーザーが容易にさまざまな情報に触れられるようになり、デマが急速に広がるようになった。日本人学校に対するヘイトとデマは典型である(編集部:関連記事として平井新「現代中国の対日感情はどうなっているのか?」もご参照ください)。デモが厳しく制限される中国において、かつて反外国デモは市民の反外国感情やストレスを発散する絶好の機会であった。経済情勢が悪化する中、ストレス発散の場を奪われた排外主義者たちは、ウェブ上の排他的な言説に触れて、ヘイトクライムを実行に移すのである。2024年は外国人を標的とする殺傷事件が相次いだ年であった。特に9月の深圳日本人学校に通う児童が殺害された事件はきわめて大きな衝撃を日本社会に与えた。経済情勢の悪化はもちろんのこと、ウェブ上の激しい排外主義的ナショナリズムの悪影響は明らかである。習近平政権が「中華民族の偉大なる復興」を強調すればするほど、歪んだナショナリズムが中国国内で蔓延(まんえん)し、中国の国際的イメージが悪化していくのである。

*本稿は、霞山会発行『東亜』2024年12月号に掲載された記事を転載・加筆したものである。

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