Commentary
不動産バブル崩壊のあとは生産能力過剰――中国が目指すべき「日本化」とは?
解題
2024年12月7日~8日に清華大学国情研究院と東京大学中国イニシアティブとの共催による「第4回清華大学・東京大学発展政策フォーラム」が東京で開催された。今回のテーマは「競争と協力――グローバルな不確定性のもとでの日中経済貿易関係」である。
12月8日には東京大学にて公開シンポジウムが開催された。そのシンポジウムで行われた講演の概要を順次紹介する。
中国の危機の4つの側面
不動産市場が低迷している中国の危機には4つの側面がある。第一に、個別の不動産企業の破綻という問題、第二に、コロナ禍以降の中国の財政・金融政策というマクロ経済政策の側面、第三に、中国の都市化という長期的発展の側面、第四に、「合理的バブル」を通じた世代間資源移転スキームの終焉(しゅうえん)という側面である。本報告では第二と第四の側面を主に論じる。
まず第二の側面、すなわち財政・金融政策について述べたい。コロナ禍のもと、政府の債務はそれほど伸びておらず、企業部門の債務が伸びている。これはコロナ禍に対する対策として財政出動よりも金融緩和を主に行った結果である。企業が多額の債務を抱えるようになり、不動産企業の破綻につながっている(編集部:関連記事として関辰一「中国企業の過剰債務問題の現在地」もご参照ください)。
「合理的バブル」とは何か
次に低金利と「合理的バブル」の問題について述べる。慶應義塾大学の櫻川昌哉教授は、著作『バブルの経済理論』の中で、成長率が金利を上回る状態が持続するとき、定常状態の経済でもGDP成長率を上回らない程度の資産バブルが長期間持続することを指摘した(櫻川、2021)。定常状態の下で持続するバブルは「合理的バブル」と捉えられる。そうした状況下ではバブルは次々と対象を変えながら流転していく。日本では不動産と株式のバブルが終焉した後、国債がバブルの対象となっており、そのことが日本の巨額の財政赤字を支えている。
中国でもGDP成長率が金利を常に上回っており、それゆえに住宅価格が上昇を続けた。しかし、2022年にGDP成長率が下落して実質平均貸出金利に接近した。そのため不動産価格の下落が始まった。
低金利の経済のもとでの「合理的バブル」についてその経済学的背景を説明する。分権的な経済において投資が飽和状態にあるとき、異時点間の資源配分に関して、市場取引を通じてはパレート最適な配分が実現されない状態を「動学的に非効率な状態」であるという。この時には実質成長率が資本収益率を上回っている。こうした状況下では、賦課方式の年金制度に代表される政府による強制的な世代間の資源再配分、あるいは「合理的バブル」の発生により、全ての経済主体の厚生を向上させる余地がある。
こうして発生する合理的バブルとはどういうものか?端的に言うと、政府発行の債券であろうと、不動産であろうと、ファンダメンタルな価値の裏づけを持たないものが、世代を超えて持続的に価格上昇することによって、政府による強制的な世代間の資源移転と同じ効果を持つという現象を指す。そして、定常状態において成長率が利子率を上回っている状況の下では、こうした合理的バブルの発生が、世代間の資源配分の効率性を改善し、全ての世代の消費を拡大させる効果を持つ。
そして、もし不動産価格が経済成長率並みの速度で上昇するとすれば、現役世代は老後のために貯金するよりも不動産を買った方が老後になった時により多くのリターンが得られる。実際、中国ではマンションの購入が安心した老後を送るために行われている。都市に住む比較的裕福な家庭では、自分の息子が結婚して住むための二件目のマンションを購入するケースが多いが、その背景には老後の生活のサポートを息子夫婦に期待するという動機が存在する。これは裏返せば賦課方式の年金の導入が十分ではない状況下では、不動産バブルがその代わりになっていたことを示している。
生産能力過剰にも不動産市場低迷の影が
次に中国の過剰生産能力問題について述べたい。2024年第一四半期の中国の自動車輸出台数は132.4万台に達し、対前年比で33.2%増加した。そのうちの30.7万台は新エネルギー車だった。一方、中国の自動車メーカー全体の稼働率は2017年には62%であったものが2023年には48%にまで低下したという。また、太陽光パネルやリチウムイオン電池の生産能力の稼働率も下がっているという。さらには、太陽光パネルの生産能力は世界の需要の2.5倍もあるという(王=于、2024)。もちろん、これらに対する需要が今後新興国で大幅に伸びる可能性もあるが、欧米から中国の生産能力過剰が批判されていることも事実である(編集部:関連記事として丸川知雄「EVと太陽電池に「過剰生産能力」はあるのか?」もご参照ください)。
こうした生産能力過剰は不動産市場の低迷と関連がある。繰り返しになるが、資本が過剰に蓄積される状況をマクロ経済学では「動学的非効率な状態」と呼ぶ。すでに述べたように、中国の資産バブルはそうした動学的に非効率な状況の下で生じてきた。このことは、不動産価格の上昇は全ての世代において、消費需要を下支えする効果を果たしていたと言える。
一方で、不動産業への銀行貸付は2019年をピークに下落し、その後は銀行の融資先は工業、特にグリーン産業に移ってきている。つまり、不動産価格の低迷とグリーン産業における生産能力過剰とはコインの裏表の関係にある。こうした転換を「質の高い発展」を目指す政府の政策が後押ししているのである。このことは、上記のような、不動産価格の持続的な上昇によって世代間の資源移転を行い、消費を下支えするという効果が消滅した、ということを意味する。製造業への投資が加速することは、中国経済がもともと抱えていた供給過剰の状況を一層深刻化させるからだ。
一方で、近年の中国政府は最終需要を拡大させるための政策を採っている。2024年9月には預金準備率や政策金利を引き下げた。金融緩和が市場に好感を与え、上海市場の株価が急騰した。また、地方政府が優良な住宅開発案件を選定し、銀行に融資を促す不動産融資協調制度も設けられた。
財政出動は解決策になり得るか
こうした金融政策だけでなく財政出動も必要ではないかという声もある。11月には財政部長が今後10兆元の地方特別債を発行して「隠れ債務」の処理に充てる方針を発表した。すなわち、これまで地方政府が融資プラットフォームを使って積み上げていた「隠れ債務」を地方債に置き換えるものである。それによって確かに地方政府の債務リスクは下がるが、直接景気を刺激する効果は大きくない。
景気回復をより強い流れにするためは、財政出動を増やして国有銀行に資本注入したり、地方特別債を用いて在庫となっている住宅を買い上げたり、貧困家庭に現金を給付したりすることが必要である。今後は、米国のトランプ新政権が打ち出すであろう高関税政策に対応するためにも、一層の財政支出が求められよう。
ただ、繰り返しになるが、これらの財政支出が、果たしてこれまでのように設備投資の拡大に向かうのか、それとも最終消費を刺激するのかどうかが重要な問題となる。これらが消費を刺激するのでなければ、過剰資本蓄積の問題に対する解決にはならない。たとえば、中国は迅速かつ大胆な金融緩和でコロナ禍に対応したが、財政出動には一貫して消極的であった。だが、不動産市場への規制によって債務の問題が企業と地方財政に重くのしかかるようになっている。不動産市場においては世代間資源移転を含む構造的な問題を背景として長期間にわたって「合理的バブル」が続いてきた。不動産が限界を迎えるなか、銀行融資が新興製造業に向かい、欧米との貿易摩擦を引き起こしている。
肝要なのは正しい「日本化」
こうした中国の状況は、日本のかつてのバブル経済と二つの点で大きく異なる。第一に、中国は供給能力が非常に優れている点だ。かつて日本国内の製造業が好調だった時代であっても、ある特定の産業が世界の需要量の2倍以上の生産能力を持つ、と言ったことは考えられなかった。他方で、政府が財政支出による高齢社会への備えという点では、中国は日本にはるかに及ばない。そのため、供給が過剰で需要が弱い状況がかつての日本よりも一層顕著であるのだと言える。この状況に対処するには安心して老後を迎えられる社会の構築が急務となっている。強い供給力を持つ中国はいたずらに「日本化」を恐れるのではなく、むしろその製造業の強みを生かしたまま、高齢社会への備えという点では正しく「日本化」すべきなのである。
(2024年12月8日の東京大学における講演に基づいて丸川知雄が記録をまとめた)