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Commentary

習近平の不安定な政権運営
不文律や慣習の打破で予測可能性と透明性が低下

李昊
東京大学大学院法学政治学研究科准教授、日本国際問題研究所研究員
政治
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 2024年7月、中国共産党第二十期中央委員会第三回全体会議(三中全会)が開かれた。三中全会は通常党大会翌年秋に開かれ、経済改革を議論する。しかし、2023年は政治スキャンダルが続出し、経済情勢も悪化する中、一向に三中全会開催の情報がなく、結局今年7月までずれ込んだ。公表された「決定」も期待はずれで、政権に停滞感が漂っている。
2024年7月、中国共産党第二十期中央委員会第三回全体会議(三中全会)が開かれた。三中全会は通常党大会翌年秋に開かれ、経済改革を議論する。しかし、2023年は政治スキャンダルが続出し、経済情勢も悪化する中、一向に三中全会開催の情報がなく、結局今年7月までずれ込んだ。公表された「決定」も期待はずれで、政権に停滞感が漂っている。

安定的な権力基盤と不安定な政権運営

2022年秋、習近平は圧倒的な権力を見せつけ、異例の3期目政権を発足させた。人事面でも自らの追従者で指導部を固め、盤石(ばんじゃく)の権力基盤を築き上げた。しかし、それは必ずしも安定的な政権運営を意味するわけではなかった。2023年、抜擢(ばってき)されたばかりの秦剛外交部長と李尚福国防部長が次々と解任された。習近平肝いりで設立されたロケット軍では、司令員と政治委員が同時に更迭された。重要ポスト人事の不安定さは国内外の注目を集めた。

これらの政治スキャンダルに対して、三中全会は一応の結論を示した。李尚福と李玉超(前ロケット軍司令員)は党籍剥奪で完全失脚となった。なお、魏鳳和元国防部長も汚職腐敗で摘発され、直前の中央政治局(以下、政治局)会議で党籍剥奪が決定されたが、こちらは引退済みで、現役の中央委員ではないため、三中全会での決定は不要だった。一方、秦剛は正式な処分もなく、中央委員「辞任」の申し出が、認められた形となった。甘い対応で、軟着陸となるようだ。おそらく、秦剛は深刻な汚職腐敗に関わっていないと判断されたためと思われるが、李尚福と秦剛の処分の違いはなんら説明が示されていない。李尚福の後任として国防部長となった董軍は、三中全会でも中央軍事委員会入りを果たせなかった。国家の役職である国務委員もいまだ兼任していない。

このように、人事面では2023年から明らかに不安定な状況が続いている。すでに習近平政権発足から10年以上経っており、反腐敗闘争もその間続けられてきたが、依然として高級幹部レベルでも腐敗が蔓延(まんえん)している。しかし、そうした人物を重用し続けてきた習近平が任命責任を問われることはない。いくら権力面で政権基盤が安定していようが、個人支配体制の下で、政権運営は不安定化している。

政治ゴシップの流行

習近平政権の10年を通じて、これまで定着してきたと思われたさまざまな不文律や慣習が次々と打破されてきた。特に幹部の昇進や引退をめぐるルールが破壊され、「七上八下」と呼ばれる68歳定年制の流動化が象徴的である。そのため、これまでの常識が通用しなくなり、政治の予測可能性が著(いちじる)しく低下している。それによって引き起こされる現象が、政治ゴシップの流行である。

今回の三中全会に際しても、さまざまな噂があった。特に目を引くのは、習近平の妻である彭麗媛(ほうれいえん)に関するものだ。今年春、彭麗媛が中央軍事委員会の幹部審査評議委員会委員という要職に就任したとみられると香港紙『星島日報』が報じた。その信憑(しんぴょう)性は明らかではないが、政治的な存在としての彭麗媛を印象づけた。それが三中全会前には、彭麗媛の政治局(共産党のトップ24人)入りの噂がウェブ上で流れ始めた。結果的に、彭麗媛の政治局入りは実現しなかったが、従来の常識であれば、最高指導者の妻が正規の昇進ルートを無視して、突然政治局委員となるというのは荒唐無稽な話であり、ゴシップサイトでさえ見向きもしなかったはずである。それが一定程度取り上げられ、拡散されたという事実に、中国政治の常識の変化が表れていると言えよう。

今後も、重要な会議のたびに、さまざまな噂が飛び交い、虚実ないまぜの政治ゴシップが流行するだろう。中国の政治はそれだけ予測可能性と透明性が低下しているのだ。

経済の停滞と国家安全偏重

今日の中国の最大の問題は、経済の停滞である。不動産市場の不況は深刻で、若年層の失業率は高止まりしている。2024年の国内総生産(GDP)成長率目標は5%前後とされ、公式的には概ねそれに近い成長率が達成されると思われるが、経済の足元の実態はきわめて厳しい。三中全会の延期も、そもそも経済政策をめぐる意見対立が原因であったとも言われる。

三中全会において採択された「さらなる改革の全面的深化、中国式現代化の推進に関する決定」は経済情勢の改善に効果的な対策を打ち出せているとは言い難く、国内外を失望させている(編集部:丸川知雄「改革が後退し、産業政策が前進した三中全会」もあわせて参照ください)。

そもそもタイトルからして「中国式現代化」を強調しているように、いわゆる「西側」の価値を拒絶するのが習近平政権の基本姿勢である。「決定」は総花(そうばな)的で、短期的な経済情勢の改善に関心があるようにも見えない。ただし、長期的課題に対する問題意識は見受けられる。税制改革は最も注目された点であり、中央政府から地方政府への税収再配分などが盛り込まれた。少子高齢化が進む中、社会保障費負担の増大を見据えて、債務が蓄積する地方政府の状況の改善を目指すものであると言える。党は、建国80周年である2029年までに「決定」の改革を完成させるとしているが、10年前の第十八期三中全会の「決定」もさほど実行されずに今日に至っており、今回の「決定」がどの程度実現するのかは、甚だ不透明である。

また、「発展と安全の統合」を重視することも「決定」に盛り込まれ、国家安全重視の姿勢は変わらず維持されている。発展と安全の統合とはいっても、実態は国家安全偏重であり、この姿勢が維持される限り、経済発展の重要な原動力である外資による投資は低調のままであろう。外資企業からすれば、従業員が突如拘束されるリスクが高まっており、投資を躊躇(ためら)わざるを得ない。しかし、習近平政権はこの経済活動と国家安全とのジレンマを解消する姿勢を見せていない。これまで中国経済を牽引(けんいん)してきた不動産市場の不況も、外資の投資控えも改善しない中、中国経済の停滞は継続するだろう。

四中全会は今年開催されるのか

中国共産党の規約では、毎年1回以上中央委員会全体会議を開催することが規定されている。通常、党大会の翌年には、春に国家機構人事を決める二中全会が、そしてその秋に経済改革を議論する三中全会が開催され、年に2回中央委員会全体会議が開かれる。しかし、今期指導部では、三中全会の開催が大幅に遅れ、2024年にずれ込んだ。そのため今年はすでに開催済みとなり、法規上四中全会を開く必要はない。従来、四中全会はガバナンスや党の建設を議論するのが通例である。結局、秋までに四中全会が開催される予兆はなく、年内開催の可能性は限りなく小さくなった。ならば、2025年春の開催はあるのか、あるいは秋に持ち越すのかも不明である。来年は、5カ年計画の採択という重要課題が控えている。もし今年四中全会を開かず、来年秋に持ち越すのであれば、第十四期指導部から継続してきた毎期7回の中央委員会全体会議を開くという慣習も打破されることとなる。

*本稿は、霞山会発行『東亜』2024年9月号に掲載された記事を転載・加筆したものである。

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