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Commentary

共産党員になるのはどんな人か、党員になるメリットはあるのか
中国家計所得調査(CHIP)と中国総合社会調査(CGSS)から読み解く

厳善平
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授
政治
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中国家計所得調査(CHIP)と中国総合社会調査(CGSS)の調査データを適切に調整することで、党員の傾向に関する定量的な分析が可能になる。写真は北京の中国共産党歴史展覧館に掲示された党旗と、宣誓する党員ら。2022年10月(共同通信社)
中国家計所得調査(CHIP)と中国総合社会調査(CGSS)の調査データを適切に調整することで、党員の傾向に関する定量的な分析が可能になる。写真は北京の中国共産党歴史展覧館に掲示された党旗と、宣誓する党員ら。2022年10月(共同通信社)

次に、CGSSに基づいた党員プレミアム、教育収益率の推移(図5c図5d)を観察する。ここでは、3つの調査時期(wave1、wave2、wave3)をプールして収入関数を計測した。一見して明らかなように、党員プレミアムも教育収益率もCHIPの結果と必ずしも一致しない。例えば、wave2の党員プレミアムは農村が都市を上回ったが、CHIPのそれと正反対である。教育収益率では、2つの系統の調査に基づいた推計結果のトレンドは似通っているものの、教育収益率の水準が大きく異なる。とはいえ、近年、農村より都市の党員プレミアムが多く、都市と農村の教育収益率が収斂(しゅうれん)している、というCHIPの推計結果からも観測された統計的事実が挙げられる。

注:各データセットから抽出された就業者を対象とした推計結果であり、折れ線は党員身分、教育年数の収入に与える影響の度合いを表す偏回帰係数である。

以上をまとめると、この間の中国では、党員という政治的身分の職業収入に与える正の影響(党員プレミアム)は時間の経過と共にいったん低下したが、2010年代以降の都市部を中心に再び上昇するようになった。これは「党がすべてを指導する」という新たな方針が貫徹されていることの表れであろうか。また、人的資本に対する市場の評価(教育収益率)は都市部を中心に高く、都市と農村のそれが収斂していることから、労働市場の統一が全国で進んでいることが示唆される。

むすび

周知の通り、CHIPもCGSSも最初から海外の研究機関や研究者が深く関わる形で開始されたものである。そのため、調査票の設計段階で共産党員、戸籍、宗教、民族といった中国の特性を反映する設問が多く取り入れられた。こうした情報を個票データから利用することで公式の集計データでは行えない分析が可能となった。実際、中国の内外でこれらの個票データによる学術論文が数多く蓄積されている。

ところが、上述のデータはいずれもサンプリング調査であり、サンプルの数が限られるだけでなく、サンプルの抽出も完全にランダムに行われたわけではない。例えば、CGSSの各調査はほぼすべての省・自治区・直轄市(省区市)で実施されたが、サンプル数は1万人余りに留まる。対照的に、CHIPの各調査はサンプルが大きいものの、対象の省区市が比較的少なく、各調査でも変化したりする。例えば、直近のCHIP2018では、15省区市から2万世帯余り、7万人余りが抽出された。もう1つ、CHIPもCGSSもクロス・セッション・データであり、時系列的に比較可能なパネルデータではない、という性質も指摘できる。

そうした理由から、CHIP、CGSSの個票データを集計したり計量分析したりして、その結果をもって全国の状況を推測することには限界があり、また、異なるデータセットに基づいた結果を縦横に比較するのにも慎重さが求められる。本稿では、各調査の関連項目をできる限り比較可能な形で調整してデータ解析を試みたが、分析結果を時系列的に、あるいは、同じ時期のそれを横断的にみて、統一的解釈を与えることが難しいところも確かにある。とはいえ、こうした問題は、個票データの利用を避ける理由にはならないと考える。豊かなアイディアと適切なテクニックを持ち合わせていれば、必ずその中から宝物をマイニングすることができる。

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