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Commentary

農村へ浸透する共産党の支配

ベン・ヒルマン
オーストラリア国立大学准教授
政治
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2024年6月27日に、オーストラリア国立大学准教授のベン・ヒルマン氏が東京大学を訪問し、最新の中国農村調査に基づく報告を行った。写真は報告を行うヒルマン准教授(撮影者:李昊)
2024年6月27日に、オーストラリア国立大学准教授のベン・ヒルマン氏が東京大学を訪問し、最新の中国農村調査に基づく報告を行った。写真は報告を行うヒルマン准教授(撮影者:李昊)

 解題:ベン・ヒルマン准教授は2024年6月27日に東京大学にて最新の中国農村調査に基づき、表題のような報告を行った。以下は当日の報告内容を丸川知雄がまとめ、ヒルマン准教授の校閲を経て公開するものである。

 習近平体制になってから農村でも共産党支配の強化が強まっていると感じる。中国共産党は2021年の党創立100周年の時点で「小康社会」を実現することを目標とした。その具体的な指標として農村の貧困人口をゼロにするとし、その目標は2020年に達成されたとされている。この貧困撲滅キャンペーンのなかで共産党の支配が強まっている。

村委書記兼村長の動きが進む

 「小康社会」が実現されたのち、中国共産党の次の目標は建国100周年を迎える2049年に「中華民族の偉大な復興」を実現することであるが、その一環として「農村振興」が進められている。ただ、「貧困撲滅」は最終的には現金を給付して実現したことにすればいいが、農村の振興となると、これは村の側からの主体的な協力が必要であり、簡単には実現しない。中国の農村では村主任(=村長)を村民による直接選挙によって選ぶことになっている。ところが、地域によって農村では伝統的な宗族(そうぞく)の支配力が強く、選挙をするとそうした宗族の影響を受けた人物が選ばれる結果、共産党の側から見ればなかなかいうことを聞いてくれない人物が選ばれることがある。その結果、村の党代表である村委書記と村主任との関係がぎくしゃくすることにもなりがちだ。

 そこで村委書記に村長を兼任させる動きが進められてきており、ほとんどの地域で兼任が実現している。村委書記と村長の兼任は江沢民が総書記だった1990年代にもいったん試みられたがその時は失敗した。しかし、今では兼任がほぼ実現している。

 その結果、村長の選挙が形骸化している。村委書記のほかにも立候補者はいるのだが、その人物は得てして競争的な選挙の体裁をとるためのダミー候補にすぎず、事実上村委書記に対する信任投票となっている。

 こうした村長選挙は単なる形式であって、党の方針として村委書記が村長を兼任することになっているのであれば選挙は時間のムダというものではないのか? そうした疑問を農村の人々に投げかけてみたが、彼らは大して気にしていないようであった。村人たちの関心はそれよりも村委書記や村長が有益な資源を村に引っ張ってこられる人物かどうかという点にある。

 村委書記を支えるために上級の党組織から派遣されてくるのが「駐村幹部」で、多くの場合「第一書記」というポジションに就いている。村民たちは第一書記にいろいろな資源を引っ張ってくることを期待する。もし発展改革委員会に勤務していた党員が第一書記として派遣されてくれば農民たちは大歓迎である。発展改革委員会は投資を認可する権限を持つ役所なので、そこから派遣されてくる幹部は投資プロジェクトを持ってきてくれるかもしれないからだ。一方、規律検査委員会に勤務していた党員が派遣されてくると村民は警戒する。

兼任のメリットとは

 私は村で村委書記と村長を兼任している人たちにもインタビューしたが、彼らは両方を兼任するのは荷が重いとこぼしていた。すなわち党委員会として上から降りてくる指示や政策の精神を村民に伝達する任務を負うだけでなく、村長として村内のさまざまな問題の解決に当たらなくてはならない。彼らの多くは村委書記・村長としての仕事だけでなく、自分の事業を持っているので、一人で三役をこなさなくてはならず、その負担は大きい。1日24時間365日まったく休める時がない。その見返りとしてもらえる報酬は月4000~5000元(約8~11万円)程度で、今の中国ではまったく苦労に見合わない金額である。それも毎月くれるのではなく、年末に業績評価が行われて、それに基づいてまとめて支給されるのだ。

 こんなに大変な仕事で報酬が少ないのであれば、今に誰もやりたがらなくなるのではないだろうか? 私はこの質問を地方の幹部たちに投げかけてみたが、一様に「心配ないよ。必ずやりたい人はいる」というのだった。しかし、5年に一回行われる村長選挙で、次期村長の候補者に名乗りを上げる人が本当にいるのだろうか。

 村で大きな事業を営む人が村委書記や村長も兼任すると、村の政治的権力と経済的権力を一手に握る恐れがある。そこで共産党は村委主任になった人には自分の事業を手放すように指導をしている。また、村長が自分の事業として持っていた会社が村の発注する工事などを請け負ってはならないとする場合もある。ところが、実際には村長は単に社長の名義を自分の妻に書き換えただけということもある。共産党の支配が強まっても、村では「上に政策あれば下に対策あり」精神が健在だ。

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