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Commentary

習近平長期政権が抱えるリスク
競争者・後継者不在の指導部を読み解く

李昊
東京大学大学院法学政治学研究科准教授、日本国際問題研究所研究員
政治
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2022年10月23日、中国共産党第20回党大会を終え、人民大会堂での記者会見に臨む新指導部のメンバー。手前から習近平、李強、趙楽際、王滬寧、蔡奇、丁薛祥、李奇の各氏(写真:共同通信)
2022年10月23日、中国共産党第20回党大会を終え、人民大会堂での記者会見に臨む新指導部のメンバー。手前から習近平、李強、趙楽際、王滬寧、蔡奇、丁薛祥、李奇の各氏(写真:共同通信)

 2022年の党大会を経て、習近平は異例の三期目の政権を勝ち取った。それに伴って、従来の慣習が次から次に打破され、中国政治の予測可能性が急速に低下している。最高指導部である政治局常務委員会には習近平の後継者となる人物がおらず、習近平は2027年の第21回党大会においても最高指導者に留任する可能性が高い。また、これまで数十年にわたって維持されてきた68歳定年の不文律(党大会時に68歳を超える者は留任しないという慣習)の崩壊も重要である。現時点では、習近平を含め68歳を超えて中央委員にとどまっている例は少数ではあるが、すでに生じている。次の党大会でさらに増えるのか、それとももはや定年の不文律が完全に撤廃されるのかは現時点では明らかではない。1959年生まれの李強(りきょう)総理や、1955年生まれの蔡奇(さいき)は、従来の定年ルールに従えば次の党大会後に引退する。しかし、習近平が彼らを留任させる可能性は当然考えられる。何より重要なのは、習近平がいつまで最高指導者を務めるのかが明らかでないという問題だ。従来の二期十年という慣習がすでに打破され、定期的な権力交代は過去のものとなった。次の権力交代時期が不明であることに伴うリスクは大きい。本稿では、長期政権となった習近平が抱える問題を簡単に整理したい。

政策の硬直化リスク

 習近平政権の下で、中国共産党政権は急速に個人支配化が進んでいる。個人支配体制の最大のリスクは、政策決定の権限が過度に個人に集中することである。政策をめぐる議論がおざなりにされ、最高指導者の誤った政策判断を糺(ただ)すことが難しくなる。毛沢東時代の大躍進政策や文化大革命は個人支配体制の失敗の典型例である。

 習近平政権でもそのようなリスクが顕在化している。役人たちは指示待ちし、習近平の判断なしには物事が進まないという状況が生まれている。2019年末に発生した新型コロナウイルスの感染拡大に対して、2020年初、湖北省と武漢市は有効な対策をとることができなかった。1月20日に習近平の指示が伝えられると、武漢市の都市封鎖、公共交通の停止など強制的かつ大規模な封じ込めが行われた(注1)。

 習近平の人脈の質的変化が政策決定過程にどのような影響を与えているのかについて、断定的に論じるには情報が不足している。指導部内抵抗勢力はおらず、政策決定において習近平個人の世界観や政策選好がこれまで以上に決定的な要因となることは間違いない。王岐山(おうきざん)や栗戦書(りつせんしょ)、陳希(ちんき)、劉鶴(りゅうかく)などの同世代の友人が引退したことで、習近平が旧(ふる)い部下に囲まれ、イエスマンばかりになってしまうというリスクが考えられる。それが正しければ、政策の硬直化リスクがこれまで以上に高まることとなる。

 しかし、習近平とその追従者たちの関係が実際にどのようなものであるのかは必ずしも明らかではない。親密であるからこそ信頼しあい、部下が習近平に諫言(かんげん)できる可能性もある。2022年冬、中国は厳しい外出制限を伴う都市封鎖で知られるいわゆるゼロコロナ政策を突如放棄した。感染力の強いオミクロン株を封じ込めることが事実上不可能だったことに加え、経済へのダメージも大きかったことなど、この政策転換にはいくつかの要因があるものの、習近平の判断があったことは間違いない。ロイター通信は、この政策転換において、李強が決定的な役割を果たしたと報じた(注2)。他社はこの報道に追随しておらず、これが事実であるのかは不明だが、一連の政策転換において、党の序列二位の李強の役割がなかったとは考えられない。李強が習近平に政策転換を求めた可能性は十分考えられる。

 第三期習近平政権において、習近平の権力集中による政策硬直化リスクは間違いなくある。一方、習近平と部下たちの信頼関係によって、それをある程度解消する可能性もあることは否定できない。とはいえ、現時点では、経済政策や台湾政策、国家安全に関わる政策などをみるに、必ずしも全体としてよく調整されたバランスの取れた政策を打ち出せていないような印象を受けるのも事実である。

外様幹部への信頼不足と人事の不安定化

 第二のリスクは、第三期政権において、習近平がそれまで直接的な交流が深くないいわゆる外様幹部を重用したことで、十分な信頼関係が形成されていないという問題である。第三期政権において、習近平は直接経歴上のつながりのない若手の幹部を重用している。特に軍需産業、航空宇宙産業関係者の台頭は目覚ましい。しかし、習近平が彼らを深く信用しているとは思えない。典型的な事例は、中央組織部長と中央弁公庁主任の人事だ。通常党大会後すぐに交代するはずが、いずれも遅々として新しい人事が発表されず、2023年春ごろになってやっと決定した。前任の陳希と丁薛祥(ていせつしょう)はいずれも習近平の側近であり、信頼関係が深いのは事実だが、それを理由に人事を遅らせるのは不自然である。しかも、新しい中央弁公庁主任は蔡奇という政治局常務委員であり、この人事も異例である。中央弁公庁主任は中央委員会の日常業務を司(つかさど)る重要役職であり、政治局常務委員が兼任するのは明らかに負担過多である。このような立て続けの異例人事は、習近平がごく限られた一部の部下のみを信頼していることを示す。

 また、2023年に秦剛(しんごう)国務委員兼外交部長、李尚福(りしょうふく)国務委員兼国防部長が解任されたことも、この信頼関係の問題のリスクが顕在化した事例である。秦剛と李尚福は習近平の抜擢(ばってき)を受けて、副総理クラスの高級幹部である国務委員に昇進したものの、わずか半年程度で地位を失った。2024年5月現在、詳細な説明がなく、解任理由は推測せざるを得ないが、秦剛は不倫スキャンダルに伴う「生活作風」(生活における態度・ふるまい)の問題、李尚福は武器調達に伴う汚職腐敗が原因だと報じられている(注3)。李尚福解任に関連して、夏にはロケット軍の司令員と政治委員が同時に交代し、しかも新任人事はロケット軍生え抜き以外から異動したということもあった。ロケット軍の設立は習近平主導の軍改革の目玉だったが、そのパフォーマンスは習近平を満足させられていないようだ。

 2022年の党大会において、人事面で完全勝利を遂げた習近平は、自らが抜擢した外様幹部を信用できずにいる。習近平の圧倒的な権力が確立されておりながら、国家指導者に関わる人事がこのように不規則、かつ不安定な状況がすでに発生している。このような現象は、人事権が最高指導者個人に集中する個人支配体制においては往々にして発生する。これは今後の習近平政権が長期にわたって抱える大きなリスクとなるだろう。

内部分裂リスクと後継者問題

 もう一つの重要なリスクは、習近平勢力で内部分裂が生じるリスクである。習近平は巨大な勢力を築き上げた。しかし、習近平の追従者たちは習近平に忠誠を誓うという点に共通性があるのみだ。現在、福建系、浙江系、上海系の三つのグループが習近平を支える中心的な勢力であるが、彼らが互いに協力的な関係にあるとは限らない。

 毛沢東時代、1950年代半ばには、高崗(こうこう)が毛沢東の意向を忖度(そんたく)して劉少奇批判を展開した。文化大革命中には、林彪らのグループと江青ら文化大革命推進勢力が対立した。これらは毛沢東に対する忠誠合戦の例である。毛沢東の権威は揺らがないものの、独裁者の存在は党内闘争の沈静化を意味しない。同じ状況が習近平勢力内で生じるリスクは十分考えられる(注4)。

 また、習近平の追従者同士ではなく、習近平とその部下の間で対立が生じる可能性も考えられる。典型的なリスクは後継者問題である。定期的な権力交代という規範は放棄された。最高指導者の退任時期が不透明になることが政治エリートに与える心理的な影響も大きい。追従者らはいつ次の権力交代があるのかわからず、自分たちにチャンスがあるのかもわからない状況で習近平に仕えなければならない。一方で習近平は部下が自分の地位を取って代わろうとするという疑心暗鬼が生じるリスクが高まる。かつて毛沢東は劉少奇と林彪という二人の自らが選んだ後継者を打倒した。鄧小平も同様に、胡耀邦と趙紫陽という二人の総書記を解任した。江沢民と胡錦濤は自らの後継者を指名できなかった。習近平の後継者問題は、今後の中国のエリート政治の最大の不確定要因となるだろう。

 これまで、中国共産党は指導部に世代という考え方をとってきた。共産党政権を樹立した毛沢東を第一世代として、鄧小平は第二世代、江沢民が第三世代、胡錦濤が第四世代、そして習近平は第五世代である(注5)。習近平が二期十年で退任することを想定して、2022年から2032年は、第六世代が指導部を担うと考えられていた。第六世代の代表人物は、胡春華(こしゅんか)と孫政才(そんせいさい)であったが、孫政才は2017年に失脚し、胡春華は2022年に政治局委員から中央委員に降格となった。

 第七世代は1970年生まれ以降の者を指す。これまでの慣習であれば、その中で優れた最高指導者候補を選抜して、2032年の権力交代に備えて最高指導部で経験を積ませるはずだった。習近平の留任によって、この慣習はなくなった。2022年の党大会では、第七世代が中央委員に選出されるかどうかも一つの注目点だったが、結果的に誰も中央委員には選ばれず、数人が中央候補委員に選ばれるにとどまった。2024年5月現在、正部級と呼ばれる日本の大臣クラスにあたるレベルの役職についている第七世代は、李雲沢(りうんたく、国家金融監督管理総局長)と阿東(あとう、共産主義青年団書記処第一書記)の二人がいるが、いずれも最高指導者候補とは見做(みな)されていない。他には、諸葛宇傑(しょかつうけつ、湖北省党委員会副書記)、時光輝(じこうき、貴州省党委員会副書記)をはじめとして、省級党委員会の副書記や常務委員を務める者は増えてきたが、まだ有力候補は示されていない。

 権力交代時期が流動的になったことで、第七世代のキャリアの展望も不透明だ。また、彼らは今の指導部のメンバー以上に習近平との直接的な交流は少ないと思われる。習近平が次の世代の若手幹部を信頼できるのか、彼らとどのような関係を築くのかは不明である。こうした若手幹部のキャリアの不透明性も長期的なリスクの一つであろう。

 付記:本稿は李昊「習近平の人脈」『国際文化学研究』(神戸大学大学院国際文化学研究科)第60号の一部を加筆修正したものである。

 

(注1)李昊「新型肺炎の流行と中国の政治経済への影響」日本国際問題研究所、2020年3月9日(https://www.jiia.or.jp/strategic_comment/no16.html)。

(注2)Julie Zhu, Yew Lun Tian and Engen Tham “Insight: How China’s New No.2 Hastened the End of Xi’s Zero-COVID Policy,” Reuters, March 3 2023 (https://www.reuters.com/world/china/how-chinas-new-no2-hastened-end-xis-zero-covid-policy-2023-03-03/).

(注3)Lingling Wei “China’s Former Foreign Minister Ousted After Alleged Affair, Senior Officials Told,” Wall Street Journal, 19 September 2023 (https://www.wsj.com/world/china/chinas-ex-foreign-minister-ousted-after-alleged-affair-senior-officials-told-fdff4672), “Chinese Defence Minister under Investigation for Corrupt Procurement,” Reuters, 16 September 2023 (https://www.reuters.com/world/china/us-diplomat-questions-whether-chinese-defence-minister-under-house-arrest-2023-09-15/).

(注4)呉国光も同様の見方を示している。Guoguang Wu “New Faces of Leaders, New Factional Dynamics: CCP Leadership Politics Following the 20th Party Congress,” China Leadership Monitor , Issue 74, 2022 (https://www.prcleader.org/post/new-faces-new-factional-dynamics-ccp-leadership-politics-following-the-20th-party-congress).

(注5)この世代という考え方は、鄧小平が取り入れたもので、自らの指導権を正当化するためにも、党主席をも務めた華国鋒を過渡的人物として世代に数えなかった。鄧小平「組成一個実行改革的有希望的領導集体」『鄧小平文選』第3巻、北京、人民出版社、1994年、298-299頁。

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