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Commentary

ロシアは中国の「ジュニアパートナー」になるか
深化する中露関係の現状と未来

熊倉潤
法政大学法学部国際政治学科教授
政治
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2023年10月23日、「一帯一路」の国際会議の記念撮影に臨む中国の習近平国家主席(右)とロシアのプーチン大統領=北京の人民大会堂(共同通信IMAGE LINK)
2023年10月23日、「一帯一路」の国際会議の記念撮影に臨む中国の習近平国家主席(右)とロシアのプーチン大統領=北京の人民大会堂(共同通信IMAGE LINK)

 ここで参考になるのが、中露関係に関する言説に3つの類型があると整理したロ・ボボの議論である。ロ・ボボはロシアを中国の属国と考える言説には、中国に対する脅威認識があることを指摘している(注10)。これをやや敷衍していえば、「ジュニアパートナー」論には西側の固定観念としての中国脅威論が入り込んでいるということになろう。

 筆者も以前別のところで指摘したように、ユーラシア世界の内的な論理を外の物差しではからないほうがよいと考えている(注11)。中国はロシアを属国にしたいはずだ、ロシアはそれを受け入れるはずだという固定観念が、本当にロシア、中国の政権の考えていることなのかは、確定的事実ではなく、改めて検証を要する問題である。

 コロスチコフは「中国はロシアを属国にする機会はあるかもしれないが、そうしなければいけない理由はない」という趣旨のことを指摘しているが、この点について分析を深めるためには、そもそも中国がロシアの従属化を望んでいるのかという問題をもう少し考える必要があるだろう。

中国はロシアの従属化を望んでいるのか

 実は、ロシアが中国の劣位に置かれつつあるという議論は、今回のウクライナ全面侵攻より前、2014年のクリミア侵攻以降に、すでに顕著になっていた。このとき経済制裁で孤立したロシアを中国が助けるという構図が現れ、ちょうど中国が「一帯一路」構想を立ち上げたこともあって、いよいよ中露間で中国が優位に立ったという捉え方が広まったのである。

 しかし筆者も指摘しているように、中露両国の理解はこうした捉え方とは少し違っていた。中露両国ともロシア率いるユーラシア経済同盟と中国の「一帯一路」構想が「接合」(対接、сопряжение)するという公式見解をとっており、両者は対等な関係とされていた(注12)。

 その後もロシアは「一帯一路」に直接参入するのではなく、外から協力するにとどまり、「一帯一路」とは一定の距離を置いている。コロスチコフも述べていたように、汚染産業のロシアへの移転、ロシアを通過する鉄道の建設、一方的な関税引き下げ、中国人へのビザ発給要件の廃止といったものを、中国から一方的に押しつけられるほどロシアは落ちぶれたわけでもない。

 ここで重要なのは、習近平政権もプーチンのロシアに対し、さほど強気に出ていかないことである。中国がロシアの従属化を望んでいるという証拠は、管見の限り存在しない。「ジュニアパートナー」論の最大の問題もここにある。中国がロシアを「ジュニアパートナー」、ましてや「属国」にしようとしているかどうかは不明なまま、議論が先に進んでしまうのである。中国は弱体化した反米国家を必ず自らの勢力圏に呑み込んでいくことが自明の前提であるかのようになっている。

 現実のロシアは、中国との関係において「ジュニアパートナー」といわれる割にはずいぶん高い地位を享受している。その高い地位は当然のように保障されるものではない。ロシアのウクライナ侵攻は、中国にとって、中国外交の主権的、領土的一体性の尊重の原則からしても、また中国とウクライナ、東欧諸国との国際関係からしても、迷惑なものであった。中国は今でも公式にロシアのクリミア併合を認めていないし、「一帯一路」をつうじたウクライナとの経済関係も存在する。それにもかかわらず、中国はロシアとの関係も重視し、ロシアの安全保障上の懸念も理解し、ロシアの行動を事実上支持せざるをえない。中国にとり、ロシアは対米関係において共同歩調をとる最も力強いパートナーであるからである(注13)。

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