Commentary
高市政権下の日中関係
台湾問題発言がもたらした「新常態」
もっとも、中長期的な観点から見れば、日中関係の緊張が長期化する場合、日本政府が近年強調している「チャイナ・プラス・ワン」戦略やサプライチェーン再編の動きと相まって、日本企業の対中投資意欲に影響を及ぼす可能性は否定できない。その結果、中国で事業を展開する日本企業の対中認識も、徐々に慎重あるいは消極的な方向へと変化していく可能性がある。
日中関係の「新常態(ニューノーマル)」?
現在の日中関係の状況は、しばしば2010年の中国漁船衝突事件後の関係悪化を想起させる。しかし今回の事態は、当時よりも日中関係に与える打撃が大きく、また関係悪化の期間もより長期化する可能性があると筆者は考える。その理由として、主に次の三点を指摘することができる。
第一に、台湾問題の重要性。単純な比較はできないものの、中国側は「釣魚島」問題については「棚上げ」や「争いの存在」を前提とした外交的処理の余地を一定程度認めてきたとされる。一方、台湾問題については、中国政府は一貫して「内政問題」であるとの立場を取っており、他国の関与は「内政干渉」として強く反発している。
したがって、台湾問題は今後も日中関係のみならず、中国が他国との関係を処理する上での重要な指標であり続ける可能性が高い。各国が台湾問題においてどのような立場や行動を取るかは、中国の核心的利益を尊重しているかどうか、また既存の政治的コミットメントを履行しているかどうかを判断する基準として位置づけられているからである。
こうした状況の中で、高市首相は台湾問題に関する発言を撤回しないだけでなく、むしろ様々な場面で「日台連携」を強調する姿勢を示している。この点を踏まえると、高市政権が台湾問題に関して「譲歩」する可能性は現時点では高くないと考えられる。
第二に、日中間の政治的意思疎通体制の弱体化。過去には、日中関係が困難に直面した場合でも、中国側と一定の信頼関係を持つ日本の有力政治家が非公式な調整役として機能することがあった。例えば、安倍晋三政権や岸田文雄政権の時期には、首相の親書を携えて訪中する政治家が外交関係の緩衝役となる場面も見られた。しかし、そうした政治家の多くはすでに第一線の政治舞台から退いている。
現在の日本政治においては、「対中強硬」が「政治的に正しいこと」となり、対話や交流の必要性を強調する政治家は「媚中」と批判される場合もある。今回の衆議院選挙でも、対中関係において比較的融和的な立場と見られていた政治家の一部が議席を失ったことにも、その一端が見られる。こうした状況の中で、日本の与野党、さらには高市政権内部においても、中国との対話を積極的に担う政治家は必ずしも多くない。
第三に、関係改善の直接的契機が見えにくい。短期的に見れば、日中関係の改善を直ちに促すような契機は現時点では多くない。今年夏には名古屋でアジア競技大会が開催される予定であり、中国も代表団を派遣する可能性が高い。こうしたスポーツ・人的交流を通じて、草の根レベルで関係改善の機運が徐々に生まれる可能性はある。
しかし、日中関係の大きな転換には、最終的には政治指導者レベルの判断と調整が不可欠である。その意味で注目されるのは、今年11月に深圳で開催予定のAPEC首脳会議である。2014年、北京でのAPEC会議の際に当時の安倍晋三首相と習近平国家主席が会談を行い、関係改善の契機となった前例を踏まえれば、日本側が今回も中国指導部との首脳会談を模索する可能性は十分にある。もし実現すれば、関係緩和に向けた重要な機会となるだろう。ただし、今回の日中外交摩擦の強度や、日本政治社会における対中認識の変化を考慮すると、首脳会談の実現そのもののハードルは2014年当時よりも高い。
これまで日中関係を説明する概念として、「1972年体制」という言葉がしばしば用いられてきた。これは日中共同声明を基礎とする関係枠組みを指すものである。今回の高市首相による台湾問題発言を経て、この枠組みが現在も有効に機能しているのかについては、慎重な検討が必要であろう。少なくとも現状を見る限り、日中関係は「低強度の対立」を特徴とする一種の「新常態(ニューノーマル)」へと移行しつつある可能性がある。そうした状況を踏まえると、今後の日中関係は従来の協調と対立が併存する段階とは異なる、より複雑な構造の中で展開していくことになるのかもしれない。