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Commentary

高市政権下の日中関係
台湾問題発言がもたらした「新常態」

王広涛
復旦大学日本研究センター准教授
国際関係
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日中関係は「低強度の対立」を特徴とする一種の「新常態(ニューノーマル)」へと移行しつつある可能性がある。写真は中国政府による日本渡航自粛の呼びかけから約1カ月となる北京首都国際空港で、大型画面に表示された富士山のイラスト。2025年12月13日(共同通信社)
日中関係は「低強度の対立」を特徴とする一種の「新常態(ニューノーマル)」へと移行しつつある可能性がある。写真は中国政府による日本渡航自粛の呼びかけから約1カ月となる北京首都国際空港で、大型画面に表示された富士山のイラスト。2025年12月13日(共同通信社)

2026年2月8日に行われた衆議院総選挙において、高市早苗首相が率いる自由民主党は歴史的とも言える大勝を収めた。この結果により、高市政権の政治基盤は大きく強化され、同政権が一定期間安定して続く可能性も現実味を帯びてきている。一方で、この政治状況は日中関係の今後を考える上で新たな不確実性をもたらしている。

とりわけ、2025年11月7日に高市首相が国会答弁で台湾問題に言及して以降、日中関係は急速に緊張を高め、その影響は外交関係のみならず、両国社会の相互認識にも広がりつつある。小論ではまず高市政権発足以降の日中関係の変化を振り返り、その背景にある政治・社会要因を整理した上で、今後の日中関係の展開について試論的に考察したい。

台湾問題発言がもたらした影響

昨年10月の高市氏の自民党総裁・首相就任は、中国政府にとっては必ずしも歓迎すべき結果ではなかったものの、中国側はそれを理由に日本とのハイレベル交流を停止したわけではなかった。10月31日、韓国で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の機会に、習近平国家主席と高市首相が首脳会談を行い、双方は改めて「戦略的互恵関係」を確認した。この時点では、日中関係がある程度安定軌道を維持する可能性も存在していたと言える。

しかし、その後の関係悪化の直接的な契機となったのは、高市首相による台湾問題に関する発言であった。11月7日、高市首相は国会答弁において、「台湾有事」が武力衝突を伴う事態となった場合、日本がそれを「存立危機事態」と見なし、集団的自衛権の行使を検討する可能性を示唆した。中国政府は日本側に対して発言の撤回を求める強い抗議を繰り返した。

これに対し、日本政府は日中関係の重要性を強調し、関係のさらなる悪化を望まないとの姿勢を示したものの、問題となった発言を「訂正」あるいは「撤回」することは避けた。日本政府は現在も、台湾に関する政府の基本的立場は「一切の変更はない」と繰り返し説明している。しかし近年、日本政府が公式の場において、1972年の日中共同声明で示された政治的コミットメントを明確な形で再確認することは稀(まれ)であった。すなわち、「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」こと、そして「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」という「中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重」するとの表現に日本政府関係者が明確に言及する機会は近年少なくなっている。

この点をめぐって、日本側の「変更はない」という主張と、中国側が理解する政治原則との間には、一定の認識の隔たりが生じている。中国側の視点から見れば、日本の台湾問題に関する言説は近年、より曖昧で戦略的な性格を帯びるようになっており、そのことが政治的信頼の低下を招いていると考えられている。

こうした緊張は、すでに首脳間の往来のみならず、経済・貿易関係や人的交流にも影響を及ぼし始めている。今年2月24日、中国政府は中華人民共和国輸出管理法および両用品目輸出管理条例に基づき、三菱造船株式会社など日本の軍事能力の強化に関与しているとされる20の企業・団体を輸出管理対象リストに追加し、(軍民)両用品目の輸出を制限する措置を発表した。

以上を踏まえると、今回の日中外交摩擦の直接的な契機は高市首相の台湾関連発言にあるものの、問題の背景にはより構造的な要因も存在している。すなわち、中国側が日本の安全保障政策の変化、とりわけ軍事能力の拡大に対して強い警戒感を抱いていることである。その意味において、日中関係が2008年に確認された「戦略的互恵関係」の軌道へと完全に戻ることは、今後ますます難しくなると思われる。

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