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Commentary

台湾「総統選・立法院選」民意はどこにあるのか
台湾はどうあるべきか、台湾アイデンティティとは何か

川島真
東京大学大学院総合文化研究科教授
国際関係
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台湾総統選候補者のテレビ討論会会場で記念撮影する(左から)民主進歩党の頼清徳氏、国民党の侯友宜氏、台湾民衆党の柯文哲氏=2023年12月30日、台北(中央通信社=共同)
台湾総統選候補者のテレビ討論会会場で記念撮影する(左から)民主進歩党の頼清徳氏、国民党の侯友宜氏、台湾民衆党の柯文哲氏=2023年12月30日、台北(中央通信社=共同)

 台湾の総統選・立法院選が1月13日(土)に迫っている。日本のメディアでもさまざまな論評がなされるであろう。13日前後は、日本の台湾専門家の大半が台湾の現地にいることが予測されるので、メディア、とくにテレビでの台湾専門家の登場は限られるかもしれない。今回の選挙については台湾の将来を決める選挙だという言い方もあるが、台湾の選挙民たちのバランス感覚などさまざまな要素が絡んでいる。現在の経済や社会政策も関連している部分があるが、たとえば民進党政権支持者であれば、経済や社会政策にも肯定的評価をしている面があり、投票行動の要因としてみるべきかどうか評価が難しい。現在の蔡英文(ツァイインウェン)政権に対する評価も同様で、民進党支持者(固定支持者が3割前後)であれば肯定的になるという傾向が顕著だ。

 新年に入り、総統選挙の結果は予測しがたい事態になっている。与党民進党の頼清徳(ライチンデァー)候補が優勢であることは変わりないが、支持率では伸び悩んでいる。台湾の有権者が民進党を長期政権にすることに対して(バランス感覚からくる)忌避感があるとも言われる。そのため無党派層の投票行動いかんでは野党国民党の侯友宜(ホウヨウイー)候補が勝利する可能性がないわけではない。第3の候補者である民衆党の柯文哲(クーウェンヂャー)候補の支持率も、野党連合の形成失敗後下がり続けたが、ようやく下げ止まった。

 国会議員選挙に当たる立法院委員選挙のほうは、与党民進党の旗色がかんばしくなく、議席の過半数獲得が危ぶまれている。2016年の選挙で総統、立法院委員の双方においていわば「完全勝利」を成し遂げた民進党だが、2018年、2022年の地方選挙での敗北が響き、立法院委員選挙では厳しい状態だ。他方、国民党が過半数議席を獲得することも難しいと予想されている。そうなれば、第3の政党である民衆党がキャスティングボードを握る可能性もある。

台湾アイデンティティと「中華民国」の要素

 中国は台湾の選挙に対して敏感に、かつ強圧的な姿勢を崩していない。「正しい選択を」といった呼びかけが政府レベルからなされ、またグレーゾーンをつうじたフェイクニュースなどがあとを絶たない。1つだけ言えることは、台湾の有権者たちは、この選挙で中国との統一か台湾独立か、ということを決めるつもりで投票するわけではないということだ。台湾の人々は後述するように圧倒的に現状維持、または(やや)独立志向であり、中華人民共和国との統一を望む層は極めて少数である。

 台湾社会には、「台湾は台湾である」という台湾アイデンティティが形成されてきている。それを踏まえ蔡英文総統は「中華民国台湾」という概念を提起した。これは李登輝(リーデォンホイ)が述べた「中華民国在台湾」よりも一歩進んで台湾と中華民国とを一体化させた考え方である。ただ、中華民国という言葉を残している点で、いわゆる「台独」とは区別される面がある。民進党の頼清徳候補は、蔡英文の考えを継承しているとするが、理念的には蔡英文よりも「中華民国」を意識しない政治家だと思われている。国民党は蔡英文よりも「中華民国」的な要素を強調することが想定される。

 こうした中華民国との関係性を踏まえた「台湾」のありようをめぐる、候補者間の相違点を有権者は意識していよう。これは統一か独立かということではなく、まずは「中華民国」の位置づけの問題であり、その延長上に中華人民共和国との関係性の問題がある。「台湾」を重視する頼清徳候補であれば中華民国ともやや距離があり、だからこそ一層中華人民共和国と距離をとることになるし、国民党の侯友宜候補であれば中華民国を強調するから、結果として馬英九(マーインチウ)政権の時のように対話路線を採用することになろう。

 台湾はどうあるべきか、台湾アイデンティティとは何か、ということが今回の投票行動を決める1つの要素になっているということだろう。

 選挙の結果はまだわからない。だが、どのような結果が出るにせよ、この選挙を見るうえでのいくつかの重要な要素を国立政治大学選挙研究中心(https://esc.nccu.edu.tw/PageFront)の統計を用いながら考察しておきたい。

 第1に、「台湾民衆の台湾人/中国人のアイデンティティ(1992-2023)」を見ておこう。緑(台湾人)、青(中国人[中華人民共和国人ではない:筆者注])、ピンク(その両方)、黒(回答なし)となっている。

台湾民衆の台湾人/中国人のアイデンティティ(1992-2023)

 これを見ればわかるように、1996年の第1回総統選挙の後から「台湾人」だとする回答が増加し、もはや自分を中国人だとする人は3パーセント以下になっているということである。

台湾民衆の4割以上が支持政党なし

 第2に、政党支持率を見てみよう。緑(民進党)、青(国民党)、薄い緑(民衆党)となっているが、ピンク色は「中立」を示す。

台湾民衆の政党支持率(1992-2023)

 これを見れば、長期的には民進党の支持率が上昇し、国民党の支持率はしだいに低下してきていることがわかる。だが、民進党の支持率が2018年に低下しているように、必ずしも一貫して上昇しているわけではない。また、民衆党は(若者中心に)目下15パーセント弱の支持率を得ており、それが総統選挙においても柯文哲候補の支持率にも表れている。

 ただ、重要なことは、4割以上が固定された支持政党を有していないということである。台湾の選挙では、この無党派層をいかに取り込むかが勝負になる。この点で3割前後の固定支持層を持つ民進党が優位に立っているということでもある。

 最後に中国との関係を考える材料となる図を挙げておこう。これは台湾の人々の統一、独立に対する考えを示したものだ。青(永遠に現状維持)、黒(現状維持をしたのちに決定)、緑(やや独立)、茶色(やや統一)、濃い緑(すぐに独立)、赤(すぐに統一)、エンジ色(無回答)となっている。

台湾民衆の統一・独立に関する立場(1994-2023)

 ここで重要なことは、青と黒を足した「現状維持」派が6割を超えているということである。これに緑の「やや独立」を加えれば8割を超える。これが台湾社会の主流だということになるだろう。赤の「すぐに統一」は2パーセントにも満たず、茶色の「やや統一」を加えても8パーセント以下である。ただ、濃い緑の「すぐに独立」も5パーセント以下であり、緑の「やや独立」を加えても25パーセント強にすぎない。

 すなわち台湾社会は、「やや独立よりの現状維持」に重心があるのであり、そもそも「統一か独立か」などという構図そのものは存在していない、ということになる。もし、総統候補者や政党が「統一」を掲げれば、わずか7パーセント強しか支持しないということになる。

中国の台湾政策と日本の役割

 中国は目下、台湾統一を目標にして軍事力を増強し、それを台湾社会に演習などをつうじて見せつけつつ、フェイクニュースやサイバー攻撃などのグレーゾーン攻撃を行っている。さらに実質的な経済制裁を加えるなどして圧力を高め、他方で経済交流などをつうじた「融通」政策を進めて、台湾社会が中国との統一を望むように仕向けている。確かに、2017年から18年にかけての「恵台政策(台湾に恵を与える政策)」や蔡英文政権への反発によって多少「やや統一」が増えたことはあるが、2019年1月の習近平による武力統一の可能性への言及、香港の民主化運動弾圧、コロナ禍における台湾への措置などをめぐって、台湾の中国認識は以前以上に悪化している。

 そのため、台湾社会の内部に影響を与えて統一に向かわせることの難易度は高い。問題となるのは、(もちろん突発的事故や連鎖的事態の進行もあるが)台湾社会を統一に向かわせることが難しいという判断を中国政府がしたときだろう。そのときには軍事的圧力を高める政策を採用することになる。

 中国政府は、選挙の結果が出た後の勝者の発言、また5月20日の総統就任式での新総統の発言にまずは注目しよう。そこでは1992年コンセンサスの取り扱いや中国との関係性をいかに表現するのかということが問われる。ただ、問題なのは中国が自らの視線、価値観に基づいて独自に物事を定義し、判断してしまうということだ。

 どのような結果が出ようとも、「東アジアの平和と安定」のために、日本も隣国として何ができるのか考えるべきであろう。その際には、アメリカとの連携が不可欠であること、またアメリカ大統領選挙の結果も台湾海峡問題をはじめこの地域に大きな影響を与えることも考慮すべきだ。(1月5日脱稿)

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