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Commentary

中国の現在地は日本の1974年か、それとも1993年か
不動産バブル崩壊で中国経済は「日本化」するか①

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
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中国のGDPの約3割に影響を及ぼす不動産市況の悪化が経済の「日本化」につながるのか。短期集中連載(3回)で論じる。写真は、建設が中断した大連市の高層マンション(筆者撮影)
中国のGDPの約3割に影響を及ぼす不動産市況の悪化が経済の「日本化」につながるのか。短期集中連載(3回)で論じる。写真は、建設が中断した大連市の高層マンション(筆者撮影)

 一方、1970年代以降、日本国民の住宅事情は格段に改善した。図3では5年に1回ずつ行われる「住宅・土地統計調査」により専用住宅1戸あたりの延べ面積を示しているが、1973年の70平方メートルから2003年には92平方メートルへ増えている。ただし、この間に住宅の数は2倍近くに増えたので、日本の人口に対する住宅の広さはもっと大きく伸びた。住宅の総戸数に1住宅あたりの延べ面積を乗じることで日本の住宅の総面積を計算し、日本の総人口で割ったものを「1人あたり住宅面積」として示したが、1973年の20平方メートルから2003年には39平方メートルと、30年間で2倍近くに増えている。欧米と日本との間の貿易摩擦が激しかった1980年頃、「日本人はウサギ小屋のような狭い部屋に住んでいる」と揶揄されたものだが、その汚名は返上できそうである。

図3 日本の住宅あたり延べ面積と国民1人あたり住宅面積

 ただ、図3からは、1993年以降、住宅面積拡大の勢いが鈍ってきていることもわかる。1950年代から70年代前半までの都市化、そして1970年代前半から90年代までの住宅高度化という2つの波に乗って日本の不動産業は成長を続けてきたが、2つの波が終わった1990年代後半以降、不動産業は低成長に甘んじざるをえなくなった。

 ちなみに、以上のような戦後日本の都市化と住宅高度化は、まさに私の両親と私の世代の歩みそのものである。私の両親は1937年に都市に生まれたが、太平洋戦争中に農村に疎開した。そして父は大学に入学するまで、母は結婚するまで農村に暮らした。1963年に結婚した両親は都市郊外の住宅の離れ(1K)を借りるところから始まって1985年までに5回引っ越し、その都度より広く、より条件のよい住宅に移った。つまり、私の両親は1950年代後半から60年代前半に都市化し、60年代から80年代にかけて5度も住宅高度化を行って、日本の不動産業を大いに盛り上げてきた。

 一方、私はというと、最初から都市に生まれ、1990年に結婚してアパートを借りたが、1996年に今の家に移り住んで現在に至る。住宅高度化は1回だけなので、日本の不動産業の発展にはあまり貢献していない。なるほど不動産業が伸びなくなるわけである。

中国の不動産業の発展は現時点で終わるはずがない

 さて、長々と日本の話をしたのは、中国の不動産業の現在地がどこであるかを判断する手がかりを得るためである。今の中国の位置は、日本の中成長期の始まりだった1974年なのか、それとも「失われた30年」の始まりだった1993年なのか。

 まず、中国の都市化はどの程度まで来ているのかを見るために、図4では都市人口比率(「城鎮人口比率」)を示した。ここで示したように中国の都市人口比率は1990年代半ばまで3割以下と、とても低かったが、その後一直線に伸びている。2021年以降はおそらくコロナ禍の影響もあってやや伸びが鈍化したが、2022年時点で65パーセントと、日本の1960年代前半の水準でしかないので、まだ都市化が進む余地は大きい。

 ただし、今後も中国の都市化が一直線に伸びていくかというと、そこには懸念すべき要素もある。まず、中国では都市の制度が日本とは異なり、日本のように住民票を移しさえすれば都市の市民としての権利を享受できるわけではない。都市民としての権利をフルに享受するにはその都市の戸籍を得る必要がある。それがないと、子供を就学させることができなかったり、都市の住宅を購入できなかったり、車を買ってもナンバープレートを発行してもらえなかったりという制約を受けることが多い。そして都市の戸籍は、とくに北京市や上海市では取得することがかなり困難だ。都市の政府はこうした戸籍などの制度的障害を利用して人口の流入をある程度はコントロールできる。そのため、日本とは違って、制度的な障壁によって都市化が止まってしまう可能性がある。

 ただ、中国の中央政府はかなり強い口調で戸籍による差別を撤廃して都市化を推進するよう訴えているし、現に都市人口比率が一貫して上昇していることを考えると、今後も都市化が進展するだろうし、最終的には都市人口比率が日本並みの8割前後にまで到達するであろう。中国の都市化はまだ道半ばであり、その水準は日本の1974年にさえ到達していない。この側面からいえば、中国の不動産業の発展が現時点で終わるはずがないのである。

図4 中国の城鎮人口比率

 では中国の住宅高度化はどのような段階にあるのか。この点に関しては、中国には日本の「住宅・土地統計調査」に該当する調査がないため、図3にあたるような図を作ることができない。ただ、仮にそういう調査があったとしても、中国の場合には、日本のように平均値によって現状を判断することは難しいと考える。

 なぜなら、中国の都市部は住宅を所有できる階層と所有できない階層へ二極分化しているからだ。いま中国で不動産バブルが崩壊しているのは、住宅を所有できる階層には満足のいく住宅があらかた行きわたったからだと私は推測している。だがその一方で、中国の都市には住宅を買えない膨大な人口がいる。そうした人々は現状では狭くて危険な賃貸住宅に住んでいる。彼らにはもっと条件のよい住宅に移りたいという強烈な願望があるはずだ。その面では、都市住民の多くが一応満足できる住宅に住むようになった1990年代の日本と中国の現状とはまったく異なる。

 このように、中国の都市化は日本の1974年の状況に到達していないし、仮に今後地方政府の抵抗によって都市化の進展が止まってしまったとしても、住宅の高度化は日本の1993年の状況に到達していない。そう考えると、中国の不動産業の発展がここで終わっていいはずがないのである。

参考文献:

橘川武郎・粕谷誠編『日本不動産業史:産業形成からポストバブル期まで』名古屋大学出版会、2007年

松久勉「農業地域類型別市町村人口の将来推計-旧市町村を中心に-」『農村の再生・活性化に向けた新たな取組の現状と課題-平成24~26年度「農村集落の維持・再生に関する研究」報告書-』農林水産政策研究所、2015年

松久勉「旧市町村データに基づく農村人口の将来推計」『農山村地域の人口動態と農業集落の変容-小地域別データを用いた統計分析から-』農林水産政策研究所、2021

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