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Commentary

自由貿易試験区の展開と中央地方関係
習近平政権は地方政府とどう向き合っているのか

早田寛
慶應義塾大学大学院法学研究科助教(有期・研究奨励)
経済
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広大な統治領域を有する中国において、習近平政権も従前の政権同様、地方との関係については難しいかじ取りを迫られ続けている。写真は上海市で開設に向けて準備が進む自由貿易試験区の入口。2013年9月24日(共同通信社)
広大な統治領域を有する中国において、習近平政権も従前の政権同様、地方との関係については難しいかじ取りを迫られ続けている。写真は上海市で開設に向けて準備が進む自由貿易試験区の入口。2013年9月24日(共同通信社)

2015年3月に上記3地域の自貿区が開設された後、中央から語られる自貿区政策の位置づけに若干の変化が現れた。たとえば、2015年5月発表の「開放型経済新体制の建設に関する中共中央、国務院の若干の意見」では自貿区について、「地方の特徴に応じて新たな試行内容を充実させ、将来的には国家発展戦略における必要性に応じて他の地域へと拡大させる」との方針が示された。「地方の特徴」や「国家発展戦略における必要性に応じて」自貿区の拡大が検討されるのは、全国規模での新たな改革の試行という当初の自貿区政策の趣旨とは異なっている。

同時期、中央の方針変化に伴って、自貿区の拡大をめぐる国内の議論にも変化が見られた。次なる自貿区の設置候補地として内陸地域がしばしば取り沙汰され、自貿区設置を通じた沿海部と内陸部との経済格差の改善が構想された。また、外資や貿易などの領域の政策試行は既存の自貿区で十分行えるため、各地域の特色を生かした政策が期待される次の自貿区では「自由貿易試験区」の呼称を用いる必要はもはやないとの議論すら存在した[4]。

果たして2017年以降、内陸部を含む中国各地に自貿区が設置され、各地の特徴を生かした対外経済政策が打ち出された。全国への普及を前提とした制度改革の試行という自貿区政策の当初の理念は、失われたのだろうか。

自貿区の成果と課題:地方政府による政策実施の構造的問題

2013年以降、外資導入におけるネガティブリストの導入や、通関手続きの簡便化など、自貿区での種々の試行が全国範囲に展開されてきた。外資導入の分野における自貿区での試行は、2020年に施行された外商投資法によって法制化されており、自貿区を通じた制度改革は一定の成果を上げていると言えるだろう。

一方で、自貿区の現場にはなお様々な課題がある。第一に、自貿区政策初期の地方の動きにも見られたように、地方政府には地域経済発展を最優先する考えが根強く存在する。この背景には、中国では地方政府による経済政策実施に対する評価が、往々にしてGDPや外資誘致金額などの定量的な実績に基づいて行われてきたことがある。政策実施の定量的評価は地方政府幹部の人事評価にも直結するため、地方政府は制度改革よりも、目に見える短期的成果を追求する傾向が強い。実際に、一部の自貿区では、区外の企業を自貿区内に移転させることで自貿区の企業誘致実績を水増しする工作が行われていた[5]。こうした地方政府の定量成果志向は、制度改革を旨とする自貿区政策の理念とは矛盾しうる。

第二に、各地の自貿区の管理体制をめぐって、行政上の課題がある。中国の行政システムは、政策実施における中央地方間の一貫性を様々な面で阻害している。まず、自貿区が設置される省の多くは、省内の複数の都市に自貿区が置かれている。ここで、各都市の自貿区は「片区」(サブエリア)と呼ばれる。多くの省において、省内の自貿区政策の統括は省政府が行い、各片区の日常管理は市政府が担当する。すなわち、自貿区は中央-省-市という3つのレベルの政府による行政管理体制下で運営されている。多くのレベルの政府が政策実施に関わると、中央から地方に対する管理・監督のコストは上昇し、地方が中央の意図から逸脱するリスクも大きくなると考えられる。

一方で、自貿区での種々の規制緩和は、必然的に中央省庁、あるいは地方政府内の官僚部門との調整を要する[6]。片区を有する地方政府にとって自貿区の管理運営は、上級政府のみならず関連省庁をも含む様々な主体との調整を要する難題である。中国では各行政部門、役職に等級が細かく定められ、その上下関係が権力構造に直結することに鑑みると、地方政府が直面する調整上の困難は想像に難くない。

さらに、各自貿区の管理に割かれる人員の数が限られていることも、管理運営の困難を大きくしている。1つの片区に対する行政スタッフの人数は20人前後にとどまる[7]。この人数で上級政府から課される数百の新制度を実行に移すことは容易ではなく、そのすべてが順調に実行されているとは言い難い。

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