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Commentary

自由貿易試験区の展開と中央地方関係
習近平政権は地方政府とどう向き合っているのか

早田寛
慶應義塾大学大学院法学研究科助教(有期・研究奨励)
経済
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広大な統治領域を有する中国において、習近平政権も従前の政権同様、地方との関係については難しいかじ取りを迫られ続けている。写真は上海市で開設に向けて準備が進む自由貿易試験区の入口。2013年9月24日(共同通信社)
広大な統治領域を有する中国において、習近平政権も従前の政権同様、地方との関係については難しいかじ取りを迫られ続けている。写真は上海市で開設に向けて準備が進む自由貿易試験区の入口。2013年9月24日(共同通信社)

中国の経済発展の契機となった1980年代以降の「改革開放」が政策実施における地方分権を特徴としたのに対し、習近平政権は中央集権を強めていることは、多くの識者に指摘されているところである。しかしながら習近平政権もまた、多くの政策を地方政府と連携しながら実施している。その代表例が、自由貿易試験区(以下、自貿区)政策である。自貿区政策は2013年に開始された。6度の新規増設を経て、2025年12月時点で22の省・直轄市・自治区に自貿区が設置されている。

以下では、自貿区で何が行われ、自貿区がどのように拡大してきたのか、そして自貿区政策の成果と課題を検討することで、習近平時代の政策実施における中央と地方の関係を考えたい。

初期の自貿区:従来の開発区との違い

自貿区政策は、習近平政権の発足間もない2013年9月、上海市への自貿区設置を以て始動した。「試験区」という名称からも明らかであるように、政策開始当初、自貿区は対外経済に関する新たな改革を試験的に行う役割を与えられていた。上海自貿区で行われた改革の内容は、当時の中国が直面していた課題と密接に関連する。当時の中国経済は「中所得国の罠」(途上国が経済発展によって中所得国にまで到達した後、発展戦略を転換できず、成長率が伸び悩む現象)を回避するべく、投資主導の成長モデルからの転換や、産業構造の高度化が求められていた。こうした課題への対応として、上海自貿区では外資参入における事前許可制の廃止、ネガティブリストを用いた外資参入領域の拡大などの改革が実験的に行われることとなった[1]。ここで留意すべきは、従来の開発区政策で多く見られた、外資企業向けの税制優遇措置は、自貿区政策の主たる内容ではなかったという点である。また自貿区は、他国の「自由貿易区」(Free Trade Zone)で行われてきたような輸入関税の減免を行う政策でもなかった。自貿区の主眼は、あくまで対外経済に関する制度改革の試行に置かれていたのである。中国共産党上海市委員会書記(当時)の韓正が上海自貿区開設当初に述べた、自貿区は上海のみにとどまる「盆栽」ではなく、全国規模に改革を普及させるための「苗畑」である、という表現は、当時の自貿区の位置づけを端的に表している[2]。

自貿区政策の開始に対して、地方は敏感に反応した。各地の地方政府は自貿区を誘致するべく、中央に対して様々な働きかけを行った。上海自貿区の開設から1年以内に、20を超える省レベル地方政府が自貿区誘致を続々と表明した[3]。自貿区を誘致する地方政府は往々にして、自貿区を従来型の外資優遇政策と見なし、地方の経済的利益の増大を求めるものであった。地方が自貿区の趣旨を理解していないことは、李克強国務院総理(当時)をはじめとした中央の批判の対象となり、ついには地方から提出された自貿区設置申請の審査が一時停止されるまでに至った。

自貿区の拡大と変化:動員される地方

2014年12月、自貿区政策の展開において重要な2つの決定が発表された。第一に、上海市に次ぐ自貿区の新設地域として、広東省、天津市、福建省が選出された。これらの新設自貿区は、上海自貿区での改革の継続とともに、地域発展戦略の一翼を担うことを中央から託された。たとえば、広東自貿区は香港・マカオとの連携、天津自貿区は京津冀(北京・天津・河北)エリアの発展戦略、福建自貿区は台湾との連携がそれぞれ打ち出された。開始時点では制度改革の実験場と位置づけられていた自貿区に、地域発展政策としての側面が加えられたのである。

第二に、上海自貿区で試験的に行った改革の一部が、全国規模で実施されることとなった。この諸改革の具体的な実施は地方政府に委ねられ、各地方が改革実施を競い合う状況が生じた。地方が改革実施に積極的であったのは、地方にとってはこれが政策実施能力を中央にアピールする、格好の機会であったためである。地方が制度改革の実施を自貿区誘致の手段と捉え、それが結果的に中国全体での改革の前進につながる、という構図が生じた。こうして、改革の過程に地方が動員されたのである。

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