Commentary
中国経済の次の5年へ向けた展望
第15次5カ年計画に関する中国共産党中央の提案
また、「デジタルクリエイティブ」はアニメ企業のクラスターを作る意図をもって指定されたものと思われる。実際、深圳市南山区の南油地区には「南山漫谷」(注4)と名付けられた建物がある。ところが、この建物およびその周辺の建物に入居しているのはすべてアパレル製造卸である。この南油地区は現状ではデジタルクリエイティブではなく「現代ファッション」のクラスターになっている。新興産業の育成は、現実が意図した方向とは別の方向に発展していくこともある。そうした時に深圳市政府は入居企業が条件を満たさないといって追い出すのではなく、そのクラスターの性質を変えてしまうという柔軟な対応を行っている。

上海市嘉定区には上海交通大学付属瑞金医院を中心とする「上海械谷(Shanghai Med Valley)」という先端医療と医療機器開発の基地が2022年に開設された。これは瑞金病院という巨大病院を中核として222ヘクタールの産業基地を整備し、医療用ロボット、AIを含む先進的診断機器、体に埋め込む器材(ステントやボルトなど)、という3つの方向で大学病院での診療・研究と企業における医療機器の開発を結び付けて発展させる目的で作られた。PET/CTスキャナーを生産する聯影医療(United Imaging)、手術ロボットを開発する術鋭などの有力企業がここに入居している。
上海市には他にもバイオ・製薬企業が集積した張江薬谷、AIベンチャーのインキュベータとして2023年に設立された模速空間(徐匯区)など新興産業のクラスターがいくつも作られている。入居する企業に対しては地代や家賃の減免が行われるほか、例えば模速空間に入居するAI企業に対してはデータセンターの利用枠が付与されるといった産業に応じた誘致策もある。


杭州市の一部の区では博士課程を修了した人材に対して最高で800万元(1億6000万円)を住宅所得費用として援助する政策を打ち出している。杭州市からは生成AIのDeepSeekやヒト型ロボットの雲深処(Deep Robotics)、宇樹科技(Unitree)など有力な企業が次々と登場しているが、その背景には地方政府の手厚い人材誘致策がある。
このように中国の産業政策の現場は地方に移っている。産業政策は中央からのトップダウンで進められているというよりも、各地方が中央の指し示す方向に大まかには従いつつも、競い合ってそれぞれに特徴のある産業クラスターを作ろうと奮闘している。
(注1)原文は、例えば以下で閲覧できる。「中共中央関於制定国民経済和社会発展第十五個五年規画的建議」(共産党網、2025年10月24日、https://www.12371.cn/2025/10/28/ARTI1761640401107119.shtml、2025年12月9日最終閲覧)。
(注2)上海市では月1555元(約3万円)だが、河北省では月188元(約4000円)と地域による格差も大きい。
(注3)液晶ディスプレイ産業の急成長については丸川知雄『中国の産業政策 主導権獲得への模索』名古屋大学出版会、2025年、第8章を参照されたい。
(注4)シリコン・バレーを中国語では「硅谷」と表記する(「硅」はシリコンのこと)。このことから派生して、中国で何らかの産業クラスターを作ろうとするときに、「〇谷」と名付けることが多い。「漫谷」とはアニメ(「動漫」)の集積地(「谷」)を作る意図を持ったネーミングである。