トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

中国経済の次の5年へ向けた展望
第15次5カ年計画に関する中国共産党中央の提案

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
印刷する
地方政府が実施している産業振興の方策として特に効果的だとみられるのが、同業や関連業種の企業を誘致して産業クラスターを形成する政策である。写真は杭州市の宇樹科技(Unitree)の本社で、ヒト型ロボットを操作して驚く人たち。2025年8月25日(著者撮影・提供、以下も同じ)
地方政府が実施している産業振興の方策として特に効果的だとみられるのが、同業や関連業種の企業を誘致して産業クラスターを形成する政策である。写真は杭州市の宇樹科技(Unitree)の本社で、ヒト型ロボットを操作して驚く人たち。2025年8月25日(著者撮影・提供、以下も同じ)

その一例として人工知能(AI)用のICが挙げられる。2022年10月にアメリカ政府がAIの訓練に使われるICを中国に輸出することを制限するようになり、そのため、中国国内でAI用ICを開発する動きが活発化した。筆者が把握しているだけで10社前後の中国ICメーカーが名乗りを上げている。AI用ICの自給を達成することは、アメリカ政府にAIの発展を妨害されないためには重要な意味を持っている。しかし、意外なことに中国のAI用ICメーカーのなかで国家IC産業投資基金から投資を受けた企業は存在しない。中国科学院計算技術研究所からスピンオフしたICメーカー、寒武紀(Cambricon)に中国科学院系の企業が15.7%出資しているが、他には沐曦集成電路(METAX)と此芯科技(CIX)に国有企業構造調整基金というファンドからごく少額の出資がなされたのみである。第15次5カ年計画提案の科学技術政策のセクションでは、核心技術の獲得に「挙国体制で臨む」と息巻いている割には、今の中国にとってチョークポイントの一つであるAI用ICの開発に対する政府系投資ファンドの支援は薄い。

5.地方政府における産業政策の実践

中国における産業政策の実践の場は主に地方である。政府系投資ファンドも大半は地方政府が傘下に作ったものであり、産業分野によっては大きな作用を発揮している。例えば、大型液晶ディスプレイにおいて中国の世界シェアは70%に達しているが、実は中央政府の産業政策において液晶ディスプレイ産業の発展が重視されていたとは言えない。だが、本サイトの川嶋一郎「『合肥モデル』に見る産業発展の要因」で紹介されているように安徽省合肥市などいくつかの地方政府がこの産業の将来性に着目し、傘下の投資ファンドを通じてメーカーに対して巨額の投資を行ったことで、中国の世界シェアが急速に伸び、先行する韓国や台湾を抜いて圧倒的な世界シェアを有するようになった(注3)。

地方政府が実施している産業振興の方策として特に効果的だとみられるのが、有力な企業や研究機関などを核として同業や関連業種の企業を誘致して産業クラスターを形成する政策である。例えば深圳市は2022年に戦略的新興産業の拡大発展と未来産業の育成を目指す政策を発表し、市内に20カ所の戦略的新興産業のクラスター、8カ所の未来産業のクラスターを形成する方針が打ち出された。2024年には戦略的新興産業と未来産業を一部入れ替えた新たなリストが発表された(表1)が、これを見るとデジタルクリエイティブ、現代ファッション、大健康(包括的健康)などの中央政府が掲げた「戦略的新興産業」には含まれていない産業も入っている。つまり、地方政府が中央の方針を参照しつつも、ある程度の自由度をもって産業を選んでいることがわかる。

このうち「現代ファッション」のクラスターは深圳市龍華区大浪街道に形成されている。なかでもデザイナーズ・ブランドの芸之卉(Eachway)と瑪絲菲爾(Marisfrolg)の本社ビルはそれぞれ個性を競い合うかのようにユニークなデザインである。芸之卉の社長の話では、ここに進出するにあたって地代などの優遇があった。

深圳の大浪にある現代ファッション・クラスターの中核的企業、芸之卉(Eachway)の社内。2025年8月19日。
深圳の大浪にある現代ファッション・クラスターの中核的企業、芸之卉(Eachway)の社内。2025年8月19日。
1 2 3 4 5 6

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.