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Commentary

中国経済の次の5年へ向けた展望
第15次5カ年計画に関する中国共産党中央の提案

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
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地方政府が実施している産業振興の方策として特に効果的だとみられるのが、同業や関連業種の企業を誘致して産業クラスターを形成する政策である。写真は杭州市の宇樹科技(Unitree)の本社で、ヒト型ロボットを操作して驚く人たち。2025年8月25日(著者撮影・提供、以下も同じ)
地方政府が実施している産業振興の方策として特に効果的だとみられるのが、同業や関連業種の企業を誘致して産業クラスターを形成する政策である。写真は杭州市の宇樹科技(Unitree)の本社で、ヒト型ロボットを操作して驚く人たち。2025年8月25日(著者撮影・提供、以下も同じ)

一般に、一人あたり所得が少ない世帯ほど、収入の多くの割合を消費する傾向がある。言い換えれば限界消費性向が高い。一方、高所得層は収入が増えても、すでに住宅も車も家電製品も持っているので、収入の増加分の多くを貯蓄したり投資したりするであろう。つまり、限界消費性向が低い。中国各地では2024年から自動車や家電製品を買い替える人に補助金を出すことで消費を促す政策を採っている。しかし、これは自動車や家電製品をすでに保有している世帯にしか届かない政策である。それは、数年先には買い替える予定だった需要を前倒しするだけの効果にとどまる恐れがある。補助金をもらって浮いた収入を他の消費に充ててくれれば消費拡大になるが、もともと所得の高い人たちは浮いた収入の多くを貯蓄に回し、単に需要を数年先食いするだけとなる恐れがある。

育児手当の本来の意図は少子化を食い止めることであるが、日本と同様にその効果は明らかではない。ただ、幼い子供のいる世帯は何かと支出が多いだろうから育児手当の支給による消費拡大の効果は期待できる。また、介護保険制度は現役世代に保険料を負担してもらって、介護ニーズのある高齢者に所得を再配分するものなので、消費拡大の効果がある。また、都市の自営業者や農民に支給される住民基礎年金は支給額がとても少なく(注2)、他の収入源がない高齢者の生活は厳しい。従って、住民基礎年金が引き上げられれば低所得の老人の消費は確実に増えるであろう。

以上のように、このたびの提案では消費の拡大につながりうるような重要な施策が含まれている。しかし、提案のなかに含まれる数多くの施策のなかでそれらにどれぐらいの重きが置かれるのかは心もとない。提案のなかでの順番にどれほどの意味があるのかはわからないが、このたびの提案では総論に続いて、1番目に産業政策、2番目に科学技術政策、3番目に消費振興を含むマクロ経済政策という順番になっており、低所得層の収入拡大や育児手当や住民基礎年金引き上げや介護保険推進などを盛り込んだ社会政策は9番目という位置づけになっている。今の中国経済の行き詰まりをもたらしている最大の要因が内需の不振であるとすれば、社会政策とマクロ経済政策の優先をもっと強く打ち出すべきだった。

2.控えめな産業政策

中国は第13次5カ年計画(2016~2020年)の産業政策ではハイテク産業の全面的発展を目指す「中国製造2025」を打ち出してアメリカなど先進国の強い警戒感を招いた。アメリカが通商法301条を発動して中国からの広範な輸入品に追加関税をかけるなど強く反発したため、第14次5カ年計画では「中国製造2025」を志半ばで取り下げざるを得なかった。ただ、「製造強国戦略」、「戦略的新興産業」という「中国製造2025」の根幹をなす政策は維持している。

このたびの第15次5カ年計画に関する提案においても、第14次5カ年計画と同様に「三、現代化された産業体系を建設し、実体経済の基礎を強固にする」という項目に産業政策がまとめられているが、そのトーンはこれまでの2つの5カ年計画に比べてだいぶ控えめになった。

「製造強国」という言葉は残っているが、「製造強国戦略」という言葉はもう見当たらない。そして、第14次5カ年計画ではハイテク産業の振興を打ち出した後に控えめに入っていた「従来型産業(「伝統産業」)の改善・向上」がこのたびの提案では産業政策の第一項目となっている。そこで述べられているのは、鉱業、金属、化学、軽工業、繊維、機械、船舶、建設などの産業を、グローバルな分業のなかでより高い地位と競争力に引き上げるという目標である。このたびの提案に対して「中国の産業の自立自強を強めることが目標」だと解説する人が多いが、そういう人は産業政策の最初の箇所で国際分業のなかに参加し続けることを前提とした記述があることを見逃している。

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