Commentary
「合肥モデル」に見る産業発展の要因
ハイテク都市への変貌に市政府が果たした役割
そのため、筆者は合肥の発展に対して、「もう少し“地に足のついた”感じが出てくるとよいのに」と感じている。この点については、中国科学技術大学や中国科学院などの研究成果を活用して起業した、「合肥生まれ、合肥育ち」の企業が出始めており、今後の発展に期待したい。中国最大の音声認識・音声AIソリューション企業である「科大訊飛」(iFLYTEK)(図3)や量子サイエンスの「国盾量子」(QuantumCTek、量子通信)、「本源量子」(Origin Quantum Computing、量子コンピューター)、「国儀量子」(Guoyi Quantum、量子測定)などが中国科学技術大学の研究成果をベースに設立された企業である。自動車用リチウムイオン電池の大手メーカー「国軒高科」(Guoxuan Hi-Tech)など、中国科学院発の企業も出てきている。
図3 音声認識技術のトップ企業である科大訊飛(iFLYTEK)

今後の産業発展において、こうした地元企業が中心的な役割を果たすようになれば、「市政府が発展を牽引する」だけでなく、「企業による主体的な発展」も増えていくことになろう。そうなって初めて、地に足のついた、より持続的な成長発展につながるのではないだろうか。
今後、実力を備えた企業が増えていく過程で、合肥市政府による産業政策がレベルアップできるか否かも重要になる。すなわち、これまでの企業誘致やエクイティ投資のように、政府が産業発展を直接牽引する段階から、企業の発展を促進するための環境整備や側面支援を行う段階に移行できるか否かである。
「合肥モデル」の行方
中国では2020年代に入って、中央政府の工業・信息化部、科技部、発展改革委員会などによって、「場景創新」(シナリオイノベーション)の考えが提唱されている。技術開発の成果を産業化や市場化に結び付けるために、「製品に適した場を探し、場に適した製品を探す」というもので、合肥は北京、上海、深圳、成都などと並んで、先行的な挑戦を進めている。
図4 2025年3月に世界初の商業運航ライセンスを取得した空飛ぶタクシー

合肥市政府による代表的な試みとしては、旧来の飛行場跡地である駱崗公園(12.7平方キロメートル)を「場景創新」の試験場として利用する取り組みがある。駱崗公園では現在、「コネクテッドカー」(乗用車、商用車、自動運転車など)、「低空経済」(ドローンを使った物流、空飛ぶタクシーなど)(図4)、「都市インフラ運営・管理」(街路樹管理、ゴミ・違法駐車管理、水辺などの安全管理など)をはじめとして、各種の実証実験が行われている。
こうした取り組みは、従来のように先端技術をキャッチアップするレベルを超え、世の中に無い製品やサービスを事業化された形で新たに創り出すものである。それを実現させるために、政府として「場」を整備・提供することは大変意義深い。そこに企業の力が加わって、社会を変革するイノベーションが生まれていく。5年後、10年後の合肥がさらにどう進化するのかに期待したい。
[1] 「鏈」は中国語の「産業鏈」(産業チェーン)に由来する。「産業鏈」は「サプライチェーン」や「産業クラスター」などに似た概念だが、「サプライチェーン」が材料・部品の調達から製品の生産・販売に至る供給・物流経路に重点が置かれており、「産業クラスター」が特定産業に関連する企業・機関が特定地域に集積している状況を指しているのに対して、「産業鏈」は川上から川下に至る構成要素(各種材料、部品、製造装置、関連サービスなど)の相互の繋がりに重点が置かれた概念である。