Commentary
「合肥モデル」に見る産業発展の要因
ハイテク都市への変貌に市政府が果たした役割
4.「鏈長制」による産業発展の推進
合肥市政府が重点産業の育成を進める過程では、「鏈長制」[1]と呼ばれる体制が組まれている。「鏈長制」とは、企業誘致をはじめ、重点産業の発展に向けた政策全般の企画立案から政策執行・監督を担うもので、「鏈長」と呼ばれるリーダー、および、「鏈主」と呼ばれる中核企業を中心に構成される。
「鏈長」は党市委、市政府、開発区の指導層~主要幹部などが担当し、なかには、行政指導者と大学・研究機関の責任者(技術・産業専門家)によるツートップ(双鏈長)体制を組むケースもある。
「鏈主」はBOE、レノボ、CXMT、NIOなど、各産業の中核大手企業が務めている。「鏈主」企業には、彼らが持つバーゲニングパワーを背景に、サポーティングインダストリーの集積と産業全体の発展を牽引することが期待されている。
「鏈長」と「鏈主」以外に「鏈長制」に参画するのは、大学や研究機関の専門家、業界団体の関係者、市政府の関連部局などである。合肥市政府が認定する重点産業は概ね十数分野あるが、分野ごとに「鏈長制」のチームが組織される。各分野の「鏈長制」チームは、対象産業の「産業鏈」(産業チェーン。注1参照)に関する分析を行う。すなわち、材料、部品、コンポーネント、製造装置、関連サービスなど、川上から川下まで産業全体にわたる構成要素を業界構造図にまとめ、現在、合肥に欠けていて補強(誘致や育成)が必要な要素は何かを検討する。その上で、誘致対象とする企業を選定してコンタクトを進める。さらに合肥への進出意欲がある企業が出てきたら、投資プロジェクトの実現に必要な支援を提供する。
なお、「鏈長制」チームが担当するのは誘致活動だけではない。既存企業に対する課題解決支援、大学・研究機関と企業の連携支援など、産業鏈全体の強化を促進するのがその役割である。
合肥市政府の職員は「産業に関する専門性が高い」といわれる。市政府の関連部局は重点産業ごとに主担当の部局が割り当てられており、市政府職員は業界関係者と日々密接な連携をとっているため、業界や技術に関する専門知識は「日常業務を通じて自然と身につく」(市政府OB)のだという。
「改革開放」以降、中国の地方経済の成長は、長年にわたって「開発区」(高新区、科技園などを含む産業振興エリア)の整備・発展に依存してきた。「開発区」への依存が難しい今日、地方経済の次なる成長に向けて、合肥市政府が進めてきたアプローチは示唆に富む。「合肥モデル」に関しては、「市政府によるエクイティ投資」に関心が向きがちだが、「鏈長制」の下で、「産業鏈」を念頭に置いて、現地資源を活用した産業育成が推進され、他都市と差別化された特色ある発展を実現した点により注意を払うべきだろう。
「合肥モデル」の課題
以上、2000年代中盤からの合肥の急速な産業発展について、「合肥モデル」の視点から見てきた。発展の過程で合肥市政府が果たしてきた役割は大きかったが、市政府による政策が全て成功したわけではない。前述したように、市政府によるエクイティ投資において、巨額の損失を出した案件は決して少なくない。2010年代には、サービス業やハイテク企業の本社機能を誘致する「総部経済」政策を推進したが、こちらも大きな成果は見られなかった。
また、急成長を実現したとはいえ、現在の状況は決して産業発展の最終的な完成形ではない。合肥の産業発展を牽引する大手企業やその周囲で産業クラスターを構成するサプライヤー企業の多くは、依然として「船を借りて海に出る」状況で、合肥で生まれ育った真の地元企業はまだ少ない。